第4章 懐かしい味と、優しい味
太「そうなのですか?」
『はい、褒められたことも殆どないくらいです』
そう答えると太郎太刀さんは、そうですか・・・とまた言って手元の湯呑みを包むように手を添えた。
太「私は、とても頑張っていると思いますよ。先の演練の時も未だかつて見た事がない状況を目の当たりにしたと言いますか、腹が座っていないと出来ない事でもあると思いましたよ」
『それはもう、忘れてくれてもいいんですけどね。長谷部さんにはめちゃくちゃ怒られたし、薬研さんの治療っていうのも、ちょっと大変だったし。それより、太郎太刀さん』
出されたお茶を飲み干して、そっと湯呑みを置く。
『この度の事、結果として太郎太刀さんの代わりに次郎太刀さんが出向く事になってしまいましたが、次郎太刀さんの事を怒ったりしないで下さい。最終的に判断をしたのは、他の誰でもない私なんですから』
太「別に次郎の事を懲らしめたりする事はありません。次郎のああいった所はいつもの事ですから、と。その当人が戻って来たようです」
太郎太刀さんの言葉と同時にバタバタとした足音が廊下に伝わり、スパーン!と障子が開けられる。
次「あらまぁ、誰かと思ったら主じゃないか」
『お、お邪魔してます』
太「次郎、いつも言っているがもう少し静かに出来ないのか?」
ため息ながらに太郎太刀さんが言えば、次郎太刀さんはペロリと舌を出して笑う。
次「元気で賑やかな方がいいじゃないか。それより主、長谷部がアンタを探して右往左往してたよ?行かなくていいのかい?あぁそれとも、ここでアタシの生着替えでも見物して行くかい?」
言いながらスルスルと着物を脱ぎ出す次郎太刀さんを前に慌てて立ち上がり、逃げるように廊下に出て振り返る。
『太郎太刀さん、さっきの話ですけど、私は太郎太刀さんが大切に思っていた方の事を忘れる必要はないと思います。誰にだってひとつくらい、大事な思い出や気持ちはあるんですから』
太「主・・・?」
困惑した太郎太刀さんに小さく笑い返して、お茶ご馳走様でしたと言って障子を静かに閉めた。
まさか話してくれるとは思っていなかった内容を思い返しながら、遠くから聞こえる長谷部さんの声を耳にしていそいそと足を運び出す。
私も早く送り出しの身支度をしないと、また長谷部さんに怒られてしまう。
そんな思いを胸に、自分の部屋へと向かった。