第31章 可愛い我儘?
「……あっ…うそ、やだ…!」
「どうかしたか?」
酷く動揺した声に洗面所から顔を出すと、何やら朝から絶望的な顔で立ちすくんでいるエマ。
一体何があったというのだ。
「朝っぱらからどうした……!それ…切れちまったのか」
近づくとエマの手にはホワイトとゴールドの糸で紡がれた髪結紐。
中途半端な長さのと、極端に短いものが二本。
忘れもしない。これはまだエマがここへ来て間もない頃、内地の店で自分が買ってやったものだ。
あの時物凄く欲しそうな顔をしてるエマを見て、そんなに欲しいなら髪結のひとつくらいと深く考えずに買ったものだが、彼女がこれをとても大切にしていたのはよく知っている。
休みの日以外ほぼ毎日つけていたし、髪を括らないときは腕にブレスレット代わりに巻きつけ肌身離さず持っていたのだ。
「大事にしてたのに…」
手の中を見つめる悲しそうな横顔に朝日が差す。
ぶらん、と垂れた金がキラキラと光を反射していた。
よほど気に入っていたのだろう。
今にも泣き出しそうに顔を歪ませているエマの手から煌めくそれをつまみ上げた。
「……こりゃあ結んだとしてもすぐまた解けちまうだろうな。」
「ですよね……はぁ…」
「同じような物なら近くの街にも売ってるだろ。今度見に行くか?」
「え?あ、うーん…でも……」
せっかく気を利かせて提案してみたのだが何とも歯切れの悪い返事。ショックが大きい割に食いついてこないのは何故だろう。
「なんだ、いらねぇのか?」
エマの思惑がよく分からずもう一度聞くと、複雑そうな顔がこちらを見た。
「いや!そういうわけじゃ…ただ…」
「ただ?」
「リヴァイさんに初めてプレゼントしてもらったものだから、初めてはこれしかなくて……だから、代わりがないっていうか…」
「は?」
「えーと、だから要するに…リヴァイさんとの思い出が壊れちゃったのがショックなんです…」
待て待て、単に気に入ったから大事にしてたんじゃなかったのか?
“自分が初めて買った”ことがそんなに特別だったってのか…