第30章 裏切り
窓から差し込む柔らかな光。
その朗らかな日差しとは対照的に、エマの心はどんよりと淀んだ雲が垂れ込めているようだった。
「おはようございます」
「おはよう」
朝食を食べて、いつもの廊下を歩いて辿り着いたいつもの部屋。
少し遅れて登場した部屋の主とほんの少しだけ目を合わせたがすぐに下を向く。
彼が椅子に座るのを視界に隅に入れながらエマも隣の席についた。
「………」
「………」
カリカリとエマが万年筆を滑らす音と、隣で紙を捲る音、それに時計の針の音。
暖かな陽射しが差し込む部屋にはその三つの音だけが静かに鳴っている。
……気まずい
いつもは気にならないこの静寂も、今日は苦しい。
昨日のこと、やっぱり怒ってるかな…
気付かれないように横顔を何度か盗み見るが、視線はずっと手元に落ちたままだ。
感情が出にくいその横顔は今何を考えているのだろう。少し考えても分からない。
だんだん胸が苦しくなって少し泣きそうになった。
一言、切り出すことがどうしてもできない。
こんな風になりたかったわけじゃないのに…
何か言いたいのに結局何も出てこなくて、込み上げてくる苦しいものをゴクリと飲み込むと、エマは静か立ちあがった。
視界の端でリヴァイがこっちを向いたのが分かった。
「この資料、ちょっと書庫に返しに行ってきますね。」
リヴァイが捲っている紙切れを見ながらエマは言った。
やはり目を見ることはできなかった。
エマは昨日アデルと書庫へ行った時に借りた資料本を抱えて扉へ向かう。
「……エマ」
「いってきます!」
背後から名前を呼ぶ声がしたけれど振り向きもせずに、エマは扉に向かって努めて明るく言うと執務室を出て行った。