第8章 何処にも【分隊長ハンジさん】
しばらく胸に顔を埋めたまま泣き続けるなまえの頭を撫で続けた。
なまえは顔を上げると真っ赤に腫れた目をハンジに向ける。
「凄く、怖かったんです。」
「うん」
頬についた涙の後を指の腹で拭ってやる。
「ハンジさんが居なくなったら・・・、私、どうしたらいいんですか・・・・・・?
貴方が居ない世界なんてもう考えられないのに」
ハンジは嬉しそうに瞳を見開くが、
すぐに悲しそうに眉を寄せる。
いつ死ぬか分からない。生きる確約も気軽にできない。
そんな状況でこんなことを言うのは酷だ。
なまえにだってそれは分かっていた。
でも、止められなかった。
「ハンジさんが居なくなるなら私も死にます」
「なまえ」
ハンジの声色は強かったが
表情はとても悲しい。
「そんなこと言わないで。
自分の命を粗末に扱っちゃダメだ」
「でも・・・!」
なまえの瞳からはまた涙が溢れ出す。
拭っても拭ってもそれは止まらない。
今、なまえが望む言葉を私は知っている。だが、軽々しくそんな言葉を言えるはずもなかった。
それは一時の安らぎに過ぎない。
公に心臓を捧げ、いつ死ぬか分からない私たちにとって、その言葉は安っぽくて、空虚に聞こえるだろう。
今は、これが私の最大限だ。
「なまえ、今、私はここにいるよ。
今は、何処にもいかない。」
優しくなまえを包み込む。
ズルい、と聞こえた気がしたが聞こえなかったことにした。
ズルくてごめんね。
私は、この言葉の重みに耐えられなかったんだ。
この言葉を君にあげる決断ができなかったんだ。
でも、いつか・・・・・・
いつか、本当の自由を手にした時、
君をこの腕の中に包み込んで、
言葉に出して君に言えるといい。
今は、胸の中だけで、
永遠に、何処にも行かない。
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