第18章 ベーシストの憂鬱【No Nameハンジさん・R15】
「・・・・・・ねえ、臭い」
スタジオでの練習があった翌朝、
ベッドの中で愛しい恋人を横に微睡んでいると
清々しい日差しとは裏腹にツンと鼻腔を刺激する臭い。
マメが潰れて固くなった私の手とは違う、
彼女のしなやかで華奢な指先に摘まれたそれは箱越しでも異臭を放っている。
「え、まだ吸ってないよ」
箱の中から一本、まるでアソートパックのキャンディを選ぶように軽やかな仕草で取り出したなまえは楽しそうに笑っている。
いつも彼女が愛煙している銘柄とは違う箱。
そう、ミケがよく吸っているものだ。
匂いに人一倍敏感な彼がなぜこんなにもキツイ匂いのものを愛煙しているのかは分からないが、
とにかくキツイその匂いは好みがキッパリと分かれる。
なまえはその匂いが嫌いではないらしく。
リヴァイにも私にも散々否定されたその匂いを肯定してくれるなまえに吸わなくなった残りとかを度々プレゼントされるようになったのだ。
それは大抵なまえが練習を見学しに来た時に行われ、
必然的にその日の夜か翌朝私の前でそれを吸うことになる。
私にとってこの煙草の匂いはミケの匂いで、
それがこうして二人でいる時にプンプン臭っているのは気に食わない。
「またミケに貰ったろ?
箱の上からでも十分臭い。」
「ミケさんに嫉妬?」
図星を突いてくるなまえを軽く睨みつけると
箱を取り上げて彼女の手が届かない所へ放った。
「あ」と小さな声を上げる彼女の指には既に一本手に取られていて。
わざとらしく口を尖らせるとベッドサイドに置いてあったライターでそれに火を付けた。
それをふっくらとした唇で含むと
暫くして白い煙が吐き出される。
「ミケさんの好意をあんな風に扱って可愛そう」
その姿は完全に反応を見て楽しんでいるようで。
部屋中に蔓延し始めた臭いに私は溜息を吐いた。
「ミケがこの場にいるみたいで嫌なんだけど」
「やっぱり嫉妬だ」
まるで鈴の音のようにカラカラと可愛らしい笑い声を上げるなまえ。
「私はこの匂い好きだけどなぁ、甘くて落ち着く」
「これで落ち着くようになったらミケで落ち着くようになりそうで嫌だよ」
「落ち着けばいいのに」
灰を灰皿に落とすなまえを
背後からそっと抱きしめた。