第16章 約束はしない【分隊長ハンジさん】
眉間に皺を寄せながらゆっくりと起き上がり伸びをする姿は、長い間この体制で待ち続けていたのだと容易に想像できた。
「なまえ。」
まだ寝ぼけ眼で呆けている彼女の頭を優しく撫でてやると、安心したように縋りついてくる。
その腕は普段より強く、まるで私の存在を確かめるようで胸が締め付けられる。
顔を上げると依然として涙の跡が残る顔にいつもの笑顔が浮かんだ。
「おかえりなさい、ハンジさん」
「ただいま。なまえ」
私も彼女を強く抱きしめた。
シャツが濡れる感覚に彼女が今度は安堵で頬を濡らしているのだと悟る。
自分とは違う手入れされた髪を梳き顔を上げさせると唇でそれを拭った。
「ごめんね。食事、すっかり冷えちゃったみたいだ。」
その言葉に彼女は顔を横に振る。
「帰ってきてくれただけで、幸せだからいいんです」
普通のカップルならそんなことで幸せなのかと笑いあう場面だろう。
でも私たちには今日も明日もただ傍にいられることが何よりも尊く幸せなのだ。
それでも彼女を求めずにはいられない。
「時間通りに来られなかったお詫びに、お姫様の望むこと叶えようかな」
「お姫さまって」
思わず噴き出すなまえに如何にも真剣な声色で伝える。
「食事だっていつも私がしてもらってるのに少しくらい我儘言ってくれたっていいし、むしろ少しくらい望んでくれないと不公平だ」
「本当に何でもいいんですか?」
「もちろん。」
じゃあ・・と考え込んだ後、なまえは悪戯ぽく笑った。
「ハンジさん調査の後そのまま来ましたよね?
まずはお風呂に入ってもらって・・その後一緒にご飯食べましょう!
それから、外の話沢山聞かせてください」
その言葉に唖然とする。
普段と何ら変わらないことだ。
「本当にそんなことでいいの?」
「一緒にいられるだけで幸せだし、それにハンジさんちょっと汗臭いですもん」
直接伝えられると破壊力の大きい一言。
それに固まっていると肩を押され浴室へ連れていかれる。
扉を閉められる直前、彼女を向かい合わせる。
「私もなまえといられるだけで幸せだから。」
瞳を見開く彼女をよそに勢いよく扉を閉めた。
確実でない約束はしたくないけど、
明日も明後日も君のつくるご飯が食べたいな。