第16章 約束はしない【分隊長ハンジさん】
「・・・バカな子」
夕暮れの日差しが室内をほの赤く染め、少し薄暗くなってきた室内で嘲笑うかのように呟く。
目の前で机に突っ伏し穏やかな寝息を立てる彼女にその言葉は聞こえていないだろう。
彼女が用意したであろう机の上に並べられた二人分の食事はすっかり冷めきっていた。
今日は壁外調査があり、そこまで大規模なものではなかったので昼過ぎには帰れるだろうと伝えていた。
「じゃあ任務から帰ってきたら会いませんか」
なんて言った彼女も、特に何も考えずそれに頷いた私も浅はかだった。
結局壁外での任務は予定より長引き、壁の中へと帰ってきたのはそろそろ日が沈むだろうかという時だった。
壁外では何があるか分からないのに。
無事に帰ってくることを信じ、私の分まで昼食を準備して待ち続けるこの子はなんと愚かだろう。
私が帰ってこなかったらこの子は。
日が沈み薄暗くなった部屋で目覚め、冷め切った食事を目に一人きりで私の安否を不安に思ったのだろうか。
それとも、彼女と私の関係を知る者からの使いで目覚め、その事実を細い肩に一人で受け止めるのだろうか。
昼頃に返ると伝え、会いませんかと言われた時点で彼女の行動は容易く予想できたはずだ。
自分の立場も鑑みて彼女のためを思うなら、違う日にしようと伝えるべきだった。
それでも少しでも一緒にいられることに喜びを感じ、「会いたいと」口にしてしまった自分は如何に利己的なのだろう。
残酷なことをしている。
壁の外で危険を侵している調査兵のことなど知らず、ただ壁の中だけを見て、その中で小さくとも幸せを求めて生きる方がずっとこの子にとって幸せかもしれないのに。
普段明るく振る舞う彼女の頬に残った僅かな涙の跡を指でそっとなぞった。
私が帰ってこなかったら、君は枯れぬほどの涙を流すのだろうか。
その光景に少しばかりの優越感を覚えた自分を頭を振りかき消した。
「なまえ。」
これ以上待たせては悪い。
無事に帰ってきたことを伝えるため、彼女の肩をそっと揺すった。