第9章 現世編(後編)
浦原商店で過ごし始めていつの間にか20年近い時が過ぎた。4月になり桜の花びらがヒラヒラと舞い落ちる。重霊地である空座町には相変わらず多くの虚が出現したが、それだけだ。それ以上特異な事など一切起こらない。あまりにのどかで平和な毎日を過ごすゆうりは今日も買い出しの為スーパーへと足を運んでいた。
「一心さんは見つからないし、あれ以来藍染は何もして来ないし…謀反がバレて捕まってればいいのに。」
ま、あの男がボロを出すとは思えないけれど。
そんな事を考えながらいつもの道程を歩いていると、ふと道の角を曲がった先で小さく蹲っている子供が視界に映った。栗色っぽい髪をした女の子だ。ゆうりは彼女に近付きそっと肩を叩いた。
「どうしたの?」
「わっ……えっと、お買い物してたんですけど、その…転んじゃって…。」
女の子は突然背中から掛けられた声に体を跳ねさせると、両手で隠してした膝をそっと覗かせる。転んだ拍子に出来たのか皮が擦りむけ赤く血が滲んでいた。その上ネギやりんご、他にも食材が沢山入っていたであろうビニール袋も転んだ時に破れてたらしく、路上に散らばってしまったようだ。
「そっか…痛いのに我慢したんだね。とっても頑張り屋さんな貴女の事、手伝ってあげる。」
「えっ…?」
「お家はここから遠く無いのかな?」
「はい…。」
ゆうりは鞄から小さく折り畳まれたエコバッグを取り出し広げた。散らかった食材をその袋の中へ全て入れる。すると今度は彼女の傍でしゃがみこみ背中を向けた。女の子はゆうりの背中を見詰め大きく瞬きを繰り返す。
「おんぶして送ってあげる!」
「えぇ!?そんな、荷物だってあるのに…!」
「大丈夫、お姉ちゃんとっても力強いから。それに子供が怪我してるのに放っておくなんて出来ないよ。」
「でも…。本当に良いんですか…?」
「任せて!」
にっこりと笑うゆうりに少女はおずおずと両腕を伸ばし背中に乗ろうとした途端、遠くから男の声が聞こえて来た。女の子がそちらを向いたのでゆうりも反射的に顔を向ける。
視界に映ったのは、まるで太陽のような橙色の髪をした男だった。彼は真っ直ぐこちらに走ってくる。心臓が一際高鳴り、ドクドクと強く脈動するのを自覚した。