第8章 現世編(前編)
なんてことの無い何時もと変わらぬ月曜日。店も閉めて部屋でのんびりでもしようかと思ったその時、余りにか細く今にも消えてしまいそうな程小さな霊圧が店の前に現れた。浦原は双眼を見開くと下駄を履いて直ぐ、閉めたばかりの玄関を開く。そこで目の当たりにした光景に血の気が引いた。
「ゆうりサン…?ゆうりサン!!しっかりして下さい!」
駆け寄った浦原は倒れているゆうりの上半身をそっと起こす。黒い死覇装は腹辺りで穴が空いており血と雨を吸った衣服は酷く重い。顔を真っ青に染めた彼女は最早人形の様で、雨に濡れて冷えた身体がよりそう感じさせる。
「そんなに慌てて何か有りましたかな、店長…ややっ!彼女は死神…?」
「テッサイ!直ぐに治療の準備をして下さい!!ボクは義骸を準備します!!」
「承知しましたぞ!」
異変を感じて玄関先へ出て来た握菱に声を掛けると、浦原はゆうりの身体を抱き上げ商店の中へ運ぶ。何故こんな傷を負って、現世に現れたのか分からない。だが、刀傷を見る限り何か向こうであった事は確かだ。彼女を握菱へ預け、己は義骸の準備へと取り掛かる。不安と疑問が頭の中を渦巻き続けたがそれでも手を止めるわけにはいかない。折角姿が見れたのに、それが死に顔になどしたくは無い。
ゆうりが現世に来てから10日が過ぎる。傷自体は問題無く塞ぎ、霊力回復の為義骸を着せたが何よりまるで心そのものを閉じてしまったかの様に目を覚ます事が無かった。
「ゆうりサン…。」
「まだ起きんのか…喜助、貴様も少し休め。ワシが様子を見よう。」
「いえ、あたしは徹夜に慣れてるんで。夜一サンこそ、寝てていいんスよ。」
へらりと笑った浦原の下瞼にはくっきりと隈が出来ている。そんな姿の彼を見て、猫になった四楓院は深いため息を吐き出した。
一方、ゆうりはといえば何も無い真っ白な空間で膝を抱えて小さく蹲っていた。隣には彼女の斬魄刀である胡蝶蘭が座っている。
『…いい加減、向こうに戻ったらどうだ?心配されているよ。』
「………嫌。暫くここに居たい。」
一命を取り留めた事で冷静さを取り戻した彼女は精神世界へと逃げ、数日前の出来事をずっと頭の中で反芻させては自己嫌悪に陥るという負のループから抜け出せずに居た。