第7章 死神編【後編】
目の前から消えたゆうりを藍染は追うことはしなかった。これで暫く彼女は何も出来ないだろう。それでいい。
「制御装置はあくまで外さない、か…。それでも構わないが、いい加減君の本気が見たかった所だ。まぁ、また機会は有るだろう。」
外套を翻し、冷たい眼差しを倒れている瑠衣へ向ける。そして、迷いなく振り下ろされた斬魄刀が彼の喉を斬り裂いた。
ゆうりはただ走った。誰にも見つからない場所へ、誰も居ない場所へ。とにかく身を隠し、己の治療をしないとこのままでは死んでしまう。1度足を止め、岩陰に凭れ呼吸を整える。…藍染はどうやら追っては来ないらしい。
「はッ……流石にちょっと、ヤバいかな…。」
視界が霞む。血が流れ過ぎたのだろう。このままここで死ぬ?誰の目に留まる事無く、ひっそりと?…そんなのは嫌だ。降りしきる雨が冷たい。それに眠くなってきた。
ぼんやりと曇天の空を見上げていると、黒い蝶がひらりと目の前を通り過ぎる。
「地獄蝶…何で…。」
「言わんこっちゃ無い。心配するボクの身にもなってや。」
「ギン…!」
ザリ、と砂粒を踏み締め現れたのは外套を纏った市丸だった。彼がこの地獄蝶を連れて来たらしい。
「何しに来たの…。」
「ゆうりを逃がしに。」
「…それも藍染の命令?」
「これはボクの独断。言うたやろ。ボクの望みは君が隣に居る事。死なれたら、叶わん。」
市丸は斬魄刀を抜き現世へ向かう為の門を開く。いつもと変わらない気味の悪い笑顔を浮かべている。その姿に自然と涙が浮かんだ。
「ほら、行きや。何処向かうべきかは、分かるやろ。」
「……ありがとう。絶対、借りは返すから。」
市丸の首へ腕を回し唇を重ねた。濡れた唇は鉄のような味がする。彼は唇に纏った血をペロリと舐め取り彼女の頭を撫でた。
ゆうりは、地獄蝶を連れ重たい足を引きずって現世へと向かう。方角は決まっている。空座町。ここで平子に合流する事さえ出来れば…。
「もう少し…。」
よろよろと光の差す方へ歩き続けた。漸く現世に辿り着いた。外は尸魂界と違って夜になっており、空は星が瞬いている。地面へ降り立つと同時に足元が縺れ倒れ込む。腹が痛い。口の中も血の味で気持ち悪い。薄れ始める意識の中で、最後に目にしたのは"浦原商店"と書かれた古ぼけた看板だった。
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