第70章 あの頃の気持ち
秋も深まり、着物一枚では寒くなってきた今日この頃…
「信長様、お待たせしました」
私は城門で待つ信長様の元へと駆けていく。
「奴は寝たか?」
奴とはもちろん吉法師の事。
「はい。ちょっとぐずってましたけど気持ち良さそうに眠っていきました」
「俺らを振り回す小さな怪獣も、しばらくは目覚めぬ様だな」
「ふふっ、侍女にお願いをしてきましたし、最近は離乳食でかなりお乳離れもしてきましたから、起きても大丈夫です」
「では気兼ねなく”でぇと”へ行けるな」
「はいっ!」
嬉しくて、両手で信長様の片手を握った。
そう、今日は夫婦水いらずでデートに行く約束をしていた私たち。
午前中にお互いの仕事や用事を終わらせて、ここで待ち合わせをしていた。
「アヤ」
「はい……んっ!」
顔に影が落ちたと思ったら、信長様の唇が私の唇を掠めた。
「………っ」
不意打ちっ!?
「ふっ、余り呆けた顔をしていると、城下とは言え襲うぞ?」
「き、気をつけます」
かぁ〜っと、顔に熱が集まり胸が騒がしくなる。
何年経っても信長様の言動にはドキドキさせられてしまう。
「信長様、こんにちは」
「今日はアヤ様と逢瀬ですか?」
「信長様、アヤ様こんにちは」
手を繋いで城下を歩いていると、皆が声をかけてくれる。
「ふふっ、」
思わず笑いが漏れる。
「笑うな」
「だって、ふふっ、ふふふ…」
「ふっ、仕方ない」
信長様は頭に被せていた手拭いを取ると髪をワシャワシャっとした。
「変装、失敗でしたね。ふふっ」
「俺だけではない、貴様の変装も失敗だ」
くしゃっと顔を綻ばせて信長様は私の額をツンっとこついた。
実は、私たちは町人の姿に変装をして城下に逢瀬に来ていた。なのに会う人会う人に名前を呼ばれ挨拶をされた事から、全く変装できていないと言うことが確定し、笑ってしまったのだ。
「初めて逢瀬に出かけた時は成功したのに、残念でしたね」
「そうだな。バレてしまったものは仕方がない。このまま行くぞ」
「はいっ!」
差し出された手を握り返し私たちは湖を目指す。
なぜ私たちが変装して逢瀬に来たのかと言えば、二人で初めて逢瀬に出かけたあの日の気持ちを思い出したくなったから。
そうなった理由は、数日前に遡る………