第62章 旅立ちの日〜最終章〜
隊列の中心で、俺は先頭を行く秀吉、後方を行く光秀と出立の時刻を待っていた。
「アヤ、来ませんね。この人混みで、迷っているのでは」
秀吉が心配そうに城の方を見る。
「ククッ、小娘はそこの所は心配ないだろう。どんな時でも己の信念と勢いだけで乗り越えて来た強くて鈍感な女だ」
光秀なりの褒め言葉が飛び出す。
「おいっ、光秀、お前いつまでもアヤの事を小娘と呼ぶな。仮にもこの城の奥方様だ」
「そうだったな、噂をすれば、その奥方様が着物を乱して走っておいでだ」
ククッと、光秀が声を殺して笑う。
喧騒の中、パタパタとアヤの走る音だけが俺の耳に届く。
光秀の言う通り、またもや着物の裾がはだけて、そのしなやかな脚を覗かせている。
貴様の肌を見たものは全員罰すると言ったばかりなのに、全然言う事を聞かない、本当に思い通りにならない女だ。
「信長様っ!」
誰よりも、何よりも愛おしいと思った、手に入れたいと思った女が息を切らして俺の名を叫ぶ。
「アヤ」
その愛おしい名前を呼ぶと、顔を綻ばせ全力で俺に抱きついてくる。
それがどれだけ俺の心を満たすかなど、貴様は知らんのだろう。
「アヤ、あれほど着物を乱して走るなと言ったであろう」
腕に抱き寄せながらも、アヤに苦言を呈す。
「あっ、ごめんなさい」
アヤは慌てて裾を正した。
「でも、間に合ってよかったです。すごい人で中々前に進めなくて」
「貴様が来るのを待っておった。やる事があるからな」
「えっ?」
「出立の時刻だ」
馬に跨り、アヤも俺の馬に引き上げる。
「えっ?信長様?えっと.........」
突然俺の馬に乗せられ、アヤは訳がわからず目をパチパチとさせた。
「ふっ、しばし座っておれ」
アヤの腰に手を回し、俺は周りを見渡した。