第39章 幸と信玄
アヤが出て行った後、幸はアヤの仕立てた着物を見ながら大きなため息をついた。
「よくやった、幸。あの姫、城とは反対方向に歩いて行ったぞ」
いつの間にか背後に立つ先ほどの長身の男が幸に話しかけた。
「アヤは素直で単純だから.......バカなやつ」
「何だ幸、後悔してるのか?」
「っ、後悔なんか、ただ俺はまだ納得してません。だけどあんたを信用してるし、あんたの大望の為これは必要なんだと思うことにするよ。信玄様」
「分かってくれて嬉しいよ幸。さぁ時間がない、仲間達が首を長くして待ってる。次の作戦へと動くぞ」
幸に、信玄様と呼ばれた男は口角を上げて笑いながら、屋敷の奥へと消えて行った。
アヤは知らないが、幸は行商ではなく武将の真田幸村。
そして幸の主君はこの長身で体格のいい男、武田信玄。
この呉服屋は、武田信玄が指揮する隠密集団、三ツ者が安土に潜り込むための仮の店。
店の者全員が信玄公にその命を捧げた者ばかりである。