第25章 秀吉のぼやき③
アヤがこの安土に連れて来られて半年が経った。
信長様に食ってかかる未来から来た怪しい女は、信長様を無償の愛で包み込むかけがえのない女になった。
実際この半年で、城の雰囲気はガラリと変わった。常にピリピリと張り詰めた空気が漂っていたが、今は春の陽射しが注いで鳥の囀りが聞こえてきそうだ。
俺ら若い衆とこの城で過ごす家臣や女中達はみな、アヤに正室になって欲しいと思っている。
だが、織田家の親族や、代々織田家に支えてきた重鎮達は、より強い結びつきを求めて、信長様には将軍家ゆかりの姫を迎え入れて欲しいと思っている。
信長様ご本人がどう思われているのかは分からないが、あの人の事だ。
いざとなったら力づくでも何とかしようとするに違いない。
でも、それはアヤの望む形ではないと思うし、お家騒動にも発展しかねないので、避けたいところだ。
実は、信長様には許嫁がいる。
いると言うか、いた。
信長様がまだ家督を継ぐ前に、親同士で決めた許嫁だ。
だが、姫君の兄が、城主である父を謀反により殺害すると言うお家騒動が起こった。
姫君の父上を慕っていた信長様は、直ちに謀反人である兄を撃ち、その城を手中に収めた。
城に残された姫に信長様は、一緒に城で暮らすように進言したと聞いたが、姫君は乱世に疲れ、出家の道を選ばれた。
お二人の間に恋仲のような感情があったのかは分からないが、許嫁の件は無に帰した。