君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第8章 a cappella
「これでよし、と…。」
水気を含んだタオルをテーブルに置き、俺の前髪を指でクシャッと混ぜる。
「前髪…」
えっ…?
「あるのと無いのとでは、随分印象が変わるんだね? なんて言うか…より幼く見えるっつーか…、急に可愛くなるっつーか…」
言いながら、櫻井さんの顔がどんどん赤くなるから、俺まで顔が熱くなってくる。
前髪下ろすと幼くなるとは言われたことあるけど、可愛くなる….なんて言われたこと、今まで一度もなかったから…
お互いに赤くなった顔を見合わせると、妙に照れくさくなって…
「あ、雨っ…、や、止んだかな…」
しどろもどろになりながら、視線を窓に向けるけど、雨足は一層激しさを増しているのが、窓に打ち付ける雨音で分かる。
「参ったな…」
キリッとした眉毛を八の字にして、苦笑する櫻井さんに、俺はテーブルをトンと指で叩いてから、ペンを走らせたメモ帳を開いて見せた。
「泊まる…、ってここに? 泊まっていけって?」
メモ帳と、頷いて見せる俺とを交互に見ながら、櫻井さんが元々大きな目を更に大きくした。
ここから最寄りのバス停までは、歩いても10分以上はかかる。
しかも、この時間だから、当然バスなんて走ってないし、大通りに出たところでこの雨だ、タクシーだって簡単には捕まらない。
だったら…と思ったんだけど…
「だ、ダメだよ…、気持ちは嬉しいけど、それは出来ない…」
『どうして?』
「だって君には…」
恋人がいるだろ…、そう言いたいんだと思った。
だから俺は、
『恋人のことなら気にしないで? もうニノはいないから…』
そう書いたメモ帳を櫻井さんに見せ、カラーボックスの上に置いた写真立てを見上げた。
学生服を来たニノが、歯に噛んだように笑う写真…
恋人と言いながら、思い出を形に残して来なかった俺に残された、たった一枚の写真の前には、とっくに灰になった線香が置かれていて…
「もういないって…、そういうこと…なの?」
察しの良い櫻井さんは、写真を見るなり酷く顔を曇らせた。