君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第7章 adagio
「いてててて…」
腰を擦りながら見上げた先で、大野君が申し訳なさそうな、でも笑いを堪えてるいるような…、複雑な顔をしていた。
その手にはタオルが握られている。
そっ…か…
「それ、貸してくれの?」
俺の指差す先を見て、大きく頷く大野君。
口で言えば済むこと、「待って」と声を上げれば済むこと、だけど今の彼にはその術がないから、だから…
少々強引ではあったけど(笑)
大野君からタオルを受け取り、自分は後回しにして、大野君の濡れた髪と肩を拭ってやる。
「恋人は? 一緒に暮らしてるんでしょ?」
俺の問いかけに、当然ながら大野君が答えることはない。
その代わり、首を小さく振ってから、ゆっくりと唇を動かした。
「“い・な・い”? 出かけてるの?」
再度問いかけてみるけど、やっぱり首を横に振るばかりで…
でもそうなると、単純思考型の俺が考えられる答えは、一つしか残っていない。
ただ、それを尋ねることは、ともすれば傷に塩を塗ることにもなりかねない。
居酒屋の店主に、彼女とのことを問われた時の俺がそうであったように…
それに、そもそも俺は揶揄われた身、これ以上大野君の事情に立ち入る必要はない。
俺はタオルを大野君に返すと、今度こそとばかりに彼に背を向けた。
そうだ…、もうこれ以上彼に関わらない方が良い。
「タオル、ありがとう。俺、帰るから…」
ドアを開けると、鉄製の階段に打ち付ける雨音が、更に音量を増した。
せっかくタオルを借りたけど、結局濡れるんだから一緒か…
俺は一人自嘲しつつ、大野君の部屋を後にしようとした…けど、何故だか足が地面にくっついてしまったかのように動かない。
それどころか、俺の身体は、俺の思考とは全く逆の行動を取り始め…
俺…、何やってんだろ…
気付いた時には、雨に濡れたせいか、心做しか体温の低い大野君の身体を、自分の両腕の中にスッポリ収めていた。