君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第5章 andante
お互い自己紹介を済ませ、今度は三つに増えたジョッキを合わせた。
松本が恋人だと言って紹介してくれた相葉さんは、聞けば俺達より一つ年上で、つい一月程前、義理の弟さんを亡くしたばかりで、その“きっかけ”ってのが、どうやら松本にあるようだった。
二人の話を頷きながら聞いていた俺は、徐々にペースが上がって行くのを感じつつも、丁度空いたジョッキを片しに来たアルバイト店員の彼に、追加の料理と生ビールを注文した。
「あ、ねえ、櫻井さん…だったっけ、恋人は?」
年の割には“無邪気”って表現がピッタリしそうな笑顔が俺に向けられ、
「最近振られたばっかで…。だから恋人はいませんよ」
俺は咄嗟にありのままを話した。
多分、相葉さんの嫌味のない口調と、悪意のない笑顔がそうさせたんだと思う。
あの居酒屋の店主とは大違いだな…なんて、心の中で笑いながら、枝豆を摘んで口に放り込んだ…が、その枝豆は俺の喉を通ることなく、テーブルの上にコロンと転がった。
松本が、
「恋人はいないけど、好きな人はいるよね?」
なんて言うもんだから、驚きのあまり吹き出したものだ。
つか、このタイミングで言うか、普通…
しかも初対面なのに…
「ま、まあそうだけど…」
上手い返答も誤魔化しも出来ない俺は、驚きなのかそれとも好奇心なのか、ニタっと笑った相葉さんに苦笑いを向けると、ナイスなタイミングで運ばれて来たジョッキを掴んだ…つもりだった。
でも俺の手に感じたのは、冷たいジョッキの感触ではなく、ほんのり暖かくて、それでいて所々節ばった…でも柔らかな、人の手で…
「えっ…」
慌てて手を引こうとした俺は、その手の感触に覚えがあることを思い出した。
この手って、もしかして…
いや、でもそんな筈は…
俺は恐る恐る…いや、戸惑いと緊張と、そして若干の期待を孕んだ複雑な顔で視線をそちらに向けた。
だってまさか彼…大野君がそこにいるなんて、想像もしていなかったから…
『andante』完