第25章 Voice…

｢おは…よ…｣

｢おはよう、智…｣

当たり前の挨拶を、当たり前のように交わす…

ただそれだけのことが、なんだか気恥ずかしく感じられ、思わず背けた俺の顔を、

｢どうしたの？ 顔…真っ赤だけど…｣

クスクスと肩を揺らしながら覗き込む。

｢べ、別に何でもないよ…。それより、そんな格好してると、風邪ひくよ？｣

咄嗟に誤魔化してはみたけど、まさか俺のシャツだけを羽織った智が妙に色っぽくて…、なんて言えるわけがない。

俺は手近にあった大きめのブランケットを手に取ると、智ごと包み込むように肩にかけた。

｢そう言えば…、さっき智歌ってた？｣

寝起きの俺は、てっきり小鳥のさえずりだと思っていたが、翌々思い返せば、小鳥のさえずりなんかより、もっと綺麗で…、透明感のある声だった。

そして、俺の聞き違いでなければ、それはあの雨の日…、全身ずぶ濡れになりながら、それでも途切れさせることなく歌ってたいた、あの曲だった。

｢ね…、もう一回歌ってよ…｣

｢やだよ…｣

｢どうして？｣

｢だって俺…、歌なんて歌ったの久しぶりだし…｣

俺の腕を擦り抜けて、智がソファにボスッと身を沈めるから、当然のように俺もその隣に腰を下ろす。

｢ずっと歌ってなかったから、絶対下手くそになってるもん…｣

｢それでも俺は智の歌が聞きたい｣

俺の心を一瞬で鷲掴みにした、智のあの歌を…

｢智の声が聞きたい…｣

あの声を…

｢絶対笑わない？｣

｢笑わないよ。約束する｣

｢じゃあ…、ちょっとだけ…ね…？｣

｢うん…｣

スっと息を吸い込んだ智の手を、俺は自分の膝の上に置き、キュッと握り締めた。

そして奏で始めた智の声…

それはとても繊細で…、伸びやかで…

まるで水面に浮かぶ波紋のようにどこまでも広がって行くような…

そんな声だった。