君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第23章 passionato…
異動先の会社がある場所は、それまでの所謂“都会”と呼ばれていた所とは全く違っていて…
海も近く、古くから漁業で栄えた町らしく、吹く風はどことなく磯の香りを含んでいる。
魚介類が好きな俺にとっては、願ってもない場所だった。
そしてそこに住む人達もまたおおらかで…
他所者の俺にも気さくに接してくれるから、住み始めて一週間もかからずその土地に馴染むことが出来た。
仕事も、一応本社連結の子会社という位置付けではあるが、本社みたいに時間に追われる必要も、社員同士気を使って接することもなく…
俗に言う“和気あいあい”としていて、地域密着型…と言ったら良いんだろうか、とても雰囲気の良い会社ではあった。
やり甲斐…と言う意味では、若干の物足りなさは感じていたけど…
それでも毎日が充実していたし、こんな生活も悪くないとも思えた。
尤も、俺の性格上、特に用事がなくても、無理矢理予定を詰め込むんだけど…
面白い後輩も出来た。
異動が決まって借りたマンションの管理人の息子で、たまたま異動先の会社で作業員をしていた奴なんだけど、ソイツ…上田はまあなんつーか…、男気溢れ過ぎっつーか…
とにかく俺を”兄貴”と呼んで慕って来るから、俺も悪い気はしない。
俺は週に何度か、仕事終わりに上田を飲みに誘った。
とは言え、元々他所者の俺に行きつけの店なんてないから、専ら上田の紹介ではあったけど…
ただ、流石漁師町というだけあって、どの店も酒は勿論のこと、新鮮な魚介類を使った料理を出してくれるから、魚介好きにとっては有り難いばかりだ。
俺はいつしかその町が…、大した刺激もなく、ただただのんびりとした時間が過ぎて行くだけのその町が、好きになっていた。
と、同時に、釣りが好きだと言っていた智と、この町で一緒に暮らせたらどんなに幸せなんだろうと、到底叶いそうもない夢を思い描くようにもなっていた。