君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第21章 loco
口をポカンと開けたまま、全ての行動を停止した俺を松本が振り返ったのは、俺達の間に三メートル程の距離が出来た頃だっただろうか…
「櫻井?」
名前を呼ばれて、咄嗟に口だけは閉じたが、一旦停止してしまった思考を再び回転させるまでには、それなりの時間が必要で…
「えっと…、悪い…、思考が追いつかない…」
苦笑する俺を前に、松本がプッと吹き出す。
「そんなに意外だった?」
「いや、意外って言うか、何て言うか…、成立すんのかなって思って、さ…」
「それってつまり、どっちが“ネコ”で、どっちが“タチ”か、ってこと?」
あまりにあけすけな松本の言い様に、俺は戸惑いながらも、素直に頷く。
だって俺が知ってる松本は、趣味こそ週末ドラッグクイーンではあるが、“女役”というよりは、寧ろ“男役”のイメージがあって…
勿論それは、相手が相葉さんであることが絶対条件ではあるんだけども…
“あの”智也さんが相手となれば…
「抱かれたよ…、智也さんに…」
だよ…な…
大体、松本が誰かに抱かれる姿も想像出来ない(する必要もないんだけど…)が、智也さんが松本に抱かれてる姿は、もっと想像出来ない。
まあ実際、こればっかりは外見だけで判断することでもないんだろうけど…
「そう…なんだ…? それで、どれくらい付き合ってたんだ?」
身体の関係があったのなら、当然その先も…
そう思っていた俺に、松本が静かに首を横に振ってみせる。
「俺達が関係を持ったのは、その一回だけだよ。だから付き合ってもないし、なんなら智也さんには他に恋人いたし…」
「そんな…。でもお前は智也さんのこと…」
「好きだったよ? 今でも好き…」
「だったら…」
「何て言ったら良いのか…、理解して貰えないかもしんないけど、俺はその一回だけで十分幸せだったんだよね…」
それに今は雅紀もいるし…
そう言って松本は、これまで見せたことのない、柔らかな微笑みを浮かべた。