君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第3章 marcato
実際問題、彼のことを忘れるのは簡単だった。
入社以来何度も断って来た飲み会の誘いも受けたし、合コンや婚活パーティーなんてのにも参加した。
彼女が嫌がるからと思って控えていた酒を飲み、彼女のとの将来を考えて溜め込んでいた貯金にも手を付けた。
合コンで知り合った初対面の女性と…一緒に朝を迎えたことだって…
決して楽しいわけじゃなかったけど、でも新鮮ではあった。
そんな日々の中で、俺は彼のことを忘れて行った。
…っていうのは俺の思い込みで…
実際には頭の片隅に追いやっただけ。
彼の存在自体が、俺の中から丸っきり消えたわけじゃなかった。
その証拠に、俺は雨が降る度、彼と初めて会った場所…、あの大型ショッピングモールの駅に降り立ち、彼が雨に打たれながら、天使のような歌声を奏でていた場所に佇んでいた。
ただ彼の声が聞きたくて…、彼に会いたくて…
運が良ければ…、と別れ際彼は言った。
それは即ち、彼とまた会える保証はない、ということ。
それでも俺には、どうしてももう一度会う必要があった。
彼にもう一度会えば、雨が降る度この胸に募る、正体不明の感情に答えが出せる…そう思っていた。
でも、雨の時期を過ぎ、強い陽射しが降り注ぐ季節になっても、彼はとうとう俺の前に姿を現すことはなかった。
終わった…
一夏の恋(と、認めたわけではないが…)と呼ぶには、とても短過ぎる時間ではあったけど、もうこれで彼に会うことは、神様が意地の悪い悪戯をしない限り、おそらくないだろう…
今度こそ本気で忘れよう。
そう心に決め、胸ポケットから取り出したスマホに、アドレス帳を表示させた。
ずっと渋っていた、上司の娘との見合い話に返事をするためだ。
でも、スマホをスクロールする俺の手は、僅か数メートル先にあるコンビニに入って行く人影を見た瞬間、ピタリと止まった。