君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第11章 pesante
「あ、ああ…、実はたまたま昔の友人とに会って…。気分も悪かったから、それで…」
嘘をつくつもりなんかなかった。
でも口をついて出たのは、自分の過ちを隠すための、真っ赤な嘘。
「そう…なんだ? じゃあ、その女と何かあったわけじゃないんだね?」
「あ、当たりだろ? 俺には智がいるし…」
「そう…だよね? 智って恋人がいるのに、浮気なんて…櫻井がするわけないよな?」
浮気…か…
記憶も、なんなら身に覚えがなくても、同じベッドで一夜を過ごせば、それは“浮気した”ってことになるのであれば、俺は間違いなく“した”ことになるんだろうな…
現に、受け入れこそしなかったが、キスをしたことだけは、しっかりと記憶にもあるし…
「まあ…な…。そ、それで、会計なんだけど…」
「ああ、別に気にしなくて良いよ」
「いや、でもそういうわけには…」
見るからに高級そうな店だった。
俺もけっこうな量を飲んだことだし、松本一人に支払わせるわけにはいかない。
「週明けに支払うから、計算しといてくれるか?」
「分かったよ、計算しとく」
「ああ、頼む…」
「でも良かったよ…、無事に家に帰れたみたいで…。急にいなくなっちゃうから、本気で心配したんだからね?」
だろうな…、俺だってもし逆の立場なら、同じように相手のことを心配していたに違いない。
「悪かった…な、心配かけて…」
「ホントだよ〜(笑)」
良かった…
松本は何も疑っちゃいない。
昨夜のことは、俺が黙っていれば…
この先彼女が何を言って来ようと、彼女とはもう金輪際と会うつもりはない。
そう…、俺さえ黙っていれば、松本は勿論のこと、智にだって知られることはない。
俺は自らの犯した罪を、胸の奥底に仕舞い込み、蓋をした。
そんなことをしたって、俺が“浮気をした”っていう事実が消えるわけでもないのに…
『pesante』ー完ー