君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第11章 pesante
彼女の唇が下腹部へと滑り、今にも俺の中心を捉えようとする。
俺は咄嗟に彼女の肩を両手で押しやると、それでも絡み付いて来ようとする手を払い除け、ベッドから飛び降りた。
「帰れ…」
もう二度と顔も見たくない…
「嫌よ…、帰らないわ…。ねぇ、翔…、私達もう一度やり直さない?」
やり直す…って、何を…?
「私、気付いたの…。私、やっぱり貴方が良いの…。だから…」
巫山戯るな…
理由一つ言わずに俺をフッておいて、今更やり直したいだと?
冗談だろ…
「無理だ…。もう俺達は終わったんだ」
それに俺には今、智という恋人がいるし、智を大切にしたいとも思っている。
「頼む…、帰ってくれ…」
そしてもう二度と俺の前に現れないでくれ…
「いいわ、今日のところは帰って上げる。でも覚えておいて? 貴方はどう思ってるか知らないけど、私は貴方と別れるつもりないから…」
「どういう…意味だ…」
「相変わらず鈍いのね? そのままの意味よ」
長い睫に縁取られた目の奥が、一瞬キラリと鈍い光を放ったのを、俺は見逃さなかった。
彼女は長い髪と同じ、真っ黒なドレスを素肌に纏うと、立ち竦む俺の頬にキスを一つ残して部屋を出て行った。
吐き気がした…
俺はふらつく足でトイレに向かうと、胃の中の物を全てぶちまけた。
吐く物なんて、何もありはしないのに…
「智…会いたい…」
会いたくて、会いたくて…
俺はベッドサイドに無造作に置かれたスマホを手に取った。
着信履歴から智の電話番号を表示させ、コールボタンをタップ…しようと思ったが、寸でのところで指が止まった。
だめだ…、仮に智に会えたとして、俺はどんな顔で智の前に立てば良いのか…
俺はスマホをベッドに投げつけ、バスルームに向かった。
一刻も早く、全身にまとわり付いた彼女の匂いと、あの気持ちの悪い感触を洗い流してしまいたかった。