第2章 燃えたおつきさま
その日は、月が綺麗な夜だった。
真っ赤な光が辺り一面に広がって、月だけが浮かぶ空を鮮やかに彩る。
目を瞑れば訪れる一寸の光もない闇の中、ぽつりぽつりと蘇る記憶に少しだけ、指先が震えた。
――後悔なんて、してない。
この物語のエンディングを選んだのは、他の誰でもない自分自身だ。全てを捨て去る覚悟をして、白と黒の上を踊る手を赤に染めることを選んだのも。大切な人達を奪った奴らに復讐するために、命を救わなければならない立場を利用したのも。全部、自分の選択だ。
なのに、心の片隅へ。小さな粒が振り落ちてくるのは何故だろうか。
はじめはひとつだったそれは少しずつ、少しずつ。降り積もる粒はいつの間にか見えない振りが出来ないくらいに、大きな山となっていた。
(まるで、呪いみたいだな)
それもあながち間違いじゃないかもしれない。
そんなことを考える自分を嘲るようにはっと短く息を吐き、込み上げる澱を無理やり飲み込んだ。
纒わりつく赤い業火に身を焼かれながら、ゆっくりと鍵盤を押し込む。大切な人が、お父さんが、最期にそうしたように。朽ち果てるその時まで、俺は弾き続ける。
「――ありがとうな、小さな探偵さん」
俺を救おうとしてくれたあの不思議な少年に捧げる、この悲しき「月光」を。