第26章 翡翠の誘惑
だから俺は間違っていた。
もう二度と王都に行かなければペトラもマヤも傷つかない… なんてクソくらえだ。
傷ついても、それ以上に格別の何かがきっと手に入る。
……そういうところなんだ、王都は。
マヤもペトラもまだ若い。
だが調査兵である以上、その若さは儚い。ならば、差し出された幸運のチャンスは享楽すべきだ。
最上位貴族からの招待は、まぎれもなく夢のような体験が待っている千載一遇のチャンスなのだから。
「……そうかもしれません。確かに良い面だってあると思います。レイさんは親切だったし、話していて楽しかった。でもあまりにも世界が違いすぎて」
「……世界?」
「はい。お屋敷は見たことも、ううん、想像すらしたことのない途方もないものでした。お部屋も家具もお風呂も出てくるお食事も。任務なら任務だと思って何も考えずに過ごせますが、任務じゃないなら、あんなすごいところは私にはとても…」
マヤはバルネフェルト家の壮大さを思い浮かべてため息をつきながら。
「落ち着かないです」
……なんだ。マヤの拒絶の理由は、未知の世界への漠然とした否定か。
「はは、落ち着かないのは当たり前だ。ここの日常とはかけ離れた世界だからな。だからこそ、それを享受するチャンスがあるなら、思いきって楽しめばいいと思う」
「……はい」
返事をしたものの、どこか引っかかった様子のマヤに、ミケは優しく訊く。
「何か特別に美味くて、気に入ったものはなかったのか?」
「あります!」
マヤの顔が急にぱぁっと輝いた。
「レイさんのお屋敷で食べたんですけど、ホロホロ鳥のたまごサンドがものすごく美味しくて!」
「ホロホロ鳥の卵は俺も好物だ。王都の酒場で出てくる “くんたま” は美味いぞ」
「くんたま?」
「卵の燻製、燻製卵だ。白身には濃いめの味が染みて、黄身がな… ホロホロ鳥はもともと黄身が濃厚なんだが、くんたまはさらにトロトロの半熟で、これ以上の酒のつまみはないくらいだ」