第21章 約束
「いや、いい。見ていてやるからお前が一人で食え」
……見ていてくれなくていいですから…!
マヤは心の叫びを素直に口にすることにした。
「あの… 兵長…。見なくていいです…」
「……なぜ」
眉間の皺が深い。
「なぜって、見られていると恥ずかしくて食べられません!」
「……食べていたと思うが…」
「それは…! あまりに美味しくて… つい見られていることを失念しまして…」
「ハッ、ならまた忘れるだろうから、遠慮せずに食うんだな」
……愉快そうにしている兵長が私の隣にいる。
想うだけで良かったのに、こうやって一緒の時間を過ごせるなんて。
こんなにも幸せで贅沢な時間。
マヤは “はぁい” と短く返事をすると、クロワッサンを食べ始めた。
サクサクと香ばしく、芳醇なバターの香りに包まれて。もっちりとした生地を思う存分堪能する。
やはりマヤは、クロワッサンに夢中になるあまり隣で見つめてきているリヴァイのことをすっかり忘れてしまった。
最後のひとくち。
はむはむと噛みしめるたびに広がるクロワッサンの甘さが終わった。
「……美味しかったぁ…」
ご満悦の吐息をほぅっとつきながら。途端に横から声が飛ぶ。
「良かったな」
……あっ、兵長…。
リヴァイの視線に気づけば、急に顔が熱くなる気がして喉が渇く。
「……葡萄水もあるんです」
恥ずかしさをごまかすように紙袋の中だけに意識を向けて、葡萄水の瓶を取り出した。
開けようとふたをまわすが、うまくいかない。いわゆるネジ方式のスクリューキャップなのだが手がすべるのか空回りしてしまう。
「あれ…」
マヤが眉間に皺を寄せてスクリューキャップと格闘していると、
「貸してみろ」
と声がして、すっと横から伸びてきた白く骨ばった指が瓶をさらっていく。