第31章 身は限りあり、恋は尽きせず
紫陽花の間は、椿の間と同じ間取りの部屋だった。
ただひとつの違いは、椿の間では大きく存在感を示していたベッドがない。その代わりにテーブルと椅子が二脚。食卓には前菜が良い香りと美しい彩りを控えめに主張しながら、リヴァイとマヤを待ちかまえていた。
「……美味しそう!」
マヤの目は、赤や緑が鮮やかな前菜に一直線。
声を弾ませているマヤの隣でリヴァイは、ぐるりと部屋を見渡した。
椿の間と同様に壁には掛軸がかかっている。
………。
席のマナーなど何も知らないし、それに従う気もさらさらないリヴァイではあったが、マヤに掛軸を見せてやりたい一心で、掛軸のよく見える椅子を何も言わずにすっと引いた。
「……すみません」
スマートなリヴァイの所作に恐縮しながら着席したマヤだったが、すぐに正面にある掛軸に気がついた。
「あっ…!」
マヤの琥珀色の瞳いっぱいに広がったのは、色あざやかな紫陽花の大きな花が大胆に描かれている掛軸。
「綺麗…」
すっかり掛軸に目を奪われているマヤの様子に、リヴァイは片側の口の端を少し上げて自身も着席した。
「紫陽花の間には紫陽花の掛軸なんですね。じゃあ桜の間、秋桜の間には…」
「……桜と秋桜が飾られているだろうな」
「……ですよね。お部屋の椿も素敵だったけど、この紫陽花もすごく綺麗だわ」
マヤが見惚れる掛軸には、青時雨をその緑の葉に受けている紫陽花が描かれていた。細く透明な雨のしずくが葉の緑をさらに鮮やかに輝かせている。
誰もが一番に目がいく青い花は、はっとするほどに大きく毬のようだ。ガクと呼ばれる装飾花のひとつひとつを丁寧に正確に描いていて、まるでそこに本当に花が咲いている錯覚にとらわれる。葉からまさに今落ちようとしている銀の雨粒も輝いていて、見れば見るほどその美しさに心を持っていかれる。
カラカラカラと軽やかな引き戸の音が、カズオの入室を告げた。
「お飲み物はどうされますかなぁ…、おや」
カズオに気づかないくらいの熱心さで紫陽花の掛軸に見入っているマヤの横顔に、ふと言葉が止まる。
「……気に入られましたか?」
「ええ、とっても。紫陽花の青がこんなにも涼し気だと初めて知りました」