第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
ナナバが自分の趣味である恋愛小説に興味を持ってくれたのかと、ニファは嬉しそうに高い声を出して答えた。
「ばっちりですよ! セイレン・ファン・ホッベルの処女作を買いました。“君が嘘をつくとき” っていうんですけど、もう早く読みたくて! ごはんを食べたら部屋にこもって一気読みしようと思って先にお風呂に来ちゃった。あっ、そうだ。私が読んだあと貸しましょうか?」
「いや結構、そういうのはマヤにどうぞ。じゃあ行くわ」
「え~、お疲れ様です~」
せっかく貸そうかと言ったのに断られてニファの声は少々不満そうだ。
「その “君が嘘をついた” で寝不足になって明日遅刻するなよ!」
「大丈夫ですって! それから “君が嘘をつくとき” だから!」
「あはは」
ニファの抗議を笑い飛ばして、ナナバは出ていった。
「ふぅ…」
脱衣所でバスタオルで体を拭きながら、ため息をつく。
……マヤ、誰のことか気づいたかな?
班長が生きていたころは、いつも気づけばそばにいて。
声をかけてくれて、食事をおごってくれて、そして…。
先ほど危うく言いかけた、“いつも匂いを嗅いできて”。
……やばかった、こんなの話したら一発で誰だかわかってしまう。
決して言いたくない訳ではない。
そうだったら迷子だなんて言わない。
いずれマヤには何もかも話してしまいたい。
でもまだ自分の気持ちが迷子だから、もう少し待って。
それにひとつ、気になっていることがある。
“あの人” がマヤを見る顔は他とは違う気がする。いつも目で追うから知っている表情がある。
……すごく優しくて、すべてを投げ出しても守るような強さすら感じる。
あんな顔は、私のときはしていなかった。だからただの直属の部下、執務を手伝ってもらっているもっとも近いところにいる部下への “情” みたいなものなのかもしれない。
でも気になって仕方ないんだ。
いつも見ているから。
あの優しい顔の意味がわかって、私の迷いが進むべき道の光を見つけたとき、そのときはマヤに笑ってすべてを話そう。
……だから待っていて、マヤ。