第27章 翔ぶ
きぃっと木の扉がきしんだ音を立てて閉まると、レイと二人きりになる。
マヤはたった今、耳にしてしまったリックの情報をどう扱えばよいのか混乱していた。
聞かなかったことにするのか、無邪気に何があったのですかと質問するのか。
あごに手を当てて考えこんでいると。
「何を小難しい顔をしてるんだ。こんなにカップがあるんだ。見ねぇと損だろうが」
その声にハッと顔を上げれば、レイがマホガニー製のカップボードに近寄って、そこに飾られている色とりどりのティーカップを興味深そうに見ている。
「おい、これなんか結構斬新でいい感じだよな?」
そう言って持ち上げたカップは真っ黒な素地に白い稲妻が派手に走っていた。
「そうですね、そのようなデザインのカップは、よそでは見たことがありません」
「だよな。これを買うやつは相当尖ってる野郎だな」
レイは機嫌良く、順にカップを見ている。
それにならってマヤもカップを眺めていると、先ほどまで頭を悩ませていたリックの過去のことも忘れられそうだ。
店内は紅茶の香りが満ち満ちて、ティーカップをゆっくりと愛でるレイとマヤの二人の距離を埋めていく。
いつの間にか二人は寄り添って、ティーカップを鑑賞していた。
その距離にレイが気づいて、ひとり頬を染める。
……近ぇ…。
この一週間、自分の望んだとおりにマヤとの時間を過ごせた。
訓練に真剣に取り組むマヤの姿にあらためて惚れ直し、兵服から私服に着替えたマヤに見惚れる。
マヤの私服は無論、貴族の令嬢が着るような高価で豪華なものでは決してないが、清楚で好感の持てる雰囲気であり、マヤの笑顔をさらに引き立てるコーディネートには毎回毎回まじまじと見つめてしまう。一週間で同じブラウスやスカートを着ているときもあったが、組み合わせで常に新鮮な装いに見えるものだから不思議だ。貴族の令嬢の二度と同じものは着ないわ… といった妙な見栄が馬鹿みたいだ。
馬車の中で背すじを伸ばして座っているその姿。
トロスト区のカフェでレストランで、美味しそうに食べる姿も。
食べる前と後に必ず手を合わせるところも気持ちがいい。
かたくなにプレゼントを拒むが、別れ際に白薔薇の花束だけは受け取ってくれるところが愛おしい。