第27章 翔ぶ
「はい…」
圧倒される。
ひとりの調査兵としての責任と覚悟にあらためて身が引きしまる想いだ。
エルヴィンの深みのあるバリトンボイスはつづく。
「それにだ…。マヤはこの先レイモンド卿と過ごせばプロポーズされる、断らなければならないと決めつけているが、はたしてそうかな?」
「……え?」
「未来は不確定だ。プロポーズされて君は二つ返事で承諾するかもしれない。そもそもレイモンド卿のプロポーズすら不確定だ。数日間ともに過ごして、君への熱が冷めるかもしれない。冷めなかったとしても、君がレイモンド卿を納得させるような断り方をみいだすかもしれない。……すべてがありえるんだ。だから任務は続行、最終的にレイモンド卿がプロポーズしてくるのか、してこないのか、または何か他の条件を突きつけてくるのか今はわからないが、最善を尽くすよう努力するしか道はない…。いいね?」
「了解しました」
……これは任務なんだ。
いや、そんなことはわかっていたつもりだったけれど。
遊びじゃない。あらゆる可能性を考えてベストを尽くす。困った事態におちいったときには、上と相談して善処する。
今までだって、そうしてきたのに。
自身の結婚とか、プライベートな問題にも関係してくる任務だったから、冷静に判断できなくなっていたのかもしれない。
マヤの表情がはたから見ていても、明らかに変わった。
もう “プロポーズなんか受けない! 結婚なんかありえない!” と拒否反応を起こしていた数分前とは違う。
ひとりの立派な調査兵としての顔をしていた。
エルヴィンはマヤの表情を見て、もう大丈夫だと微笑んだ。
「では午後からレイモンド卿の相手をたのんだよ。もう行きたまえ、訓練の時間だ」
「了解です」
マヤはミケも一緒に退室するのかと、ちらりと視線を送った。
「俺はあとから行く。先に行って準備しておけ」
ミケの指示にマヤはうなずき、あらためて敬礼してくるりときびすを返すと、団長室を出ていった。
ぱたんと扉が閉まったあと、ミケはエルヴィンに詰め寄る。
「これがお前の言っていた “向こうからやってくるそのとき” だったんだな?」