第27章 翔ぶ
マヤの決死の覚悟の抗議も、エルヴィンには通じない。
眉ひとつ動かさずに冷静に放った言葉は、冷たく響いた。
「何をもってそう言いきれるのか、私にはさっぱりわからないがね」
「何をって…。レイさんは素敵な人ですが、いくら今日から数日間、行動を共にしたところで結婚しようと思わないです」
「それは実際に数日ものあいだ、行動を共にしてみないとわからない」
「そんなことはないです! 私の気持ちは私が一番わかっています。レイさんのプロポーズを承諾するなんて、ありえないです!」
とうとうマヤのこぶしは震え始めた。
いつも兵士みんなの心も思考もすべて掌握して的確な指令を出し尊敬を勝ち取っているエルヴィンが、今日に限って何故こんなにもマヤの気持ちを理解してくれず、神経を逆撫でするようなことばかり言ってくるのか。
苛立ち。そして理解のできない状況に、背中がぞわぞわと粟立つような不快な感覚に襲われる。
「マヤ、君も調査兵なら軽々しく “ありえない” などと口にするものじゃない」
「………?」
ありえないものは、ありえない。
それを正直に言葉にして一体なにがそんなにいけないことなのか。
マヤは訳がわからず、目の前のエルヴィンを見つめ返すしかなかった。
「君は初めて巨人を自分の目で見たときのことを憶えているか?」
「……え?」
いきなり巨人の話…? と戸惑うが、とりあえずは返事をする。
「……あ、はい」
「そのとき君は何を思った? こうは考えなかったか? “こんな大きな巨人に勝てる訳がない…、ありえない” と」
「………」
マヤの脳裏に浮かぶ初遭遇の瞬間。
初めての壁外調査。開門後、一斉に壁外を駆ける馬。しばらく行くと現れた一体の巨人。7m級だった。
巨人の知識は座学で頭に詰めこんできた。その巨大さを想定して訓練もしてきた。
充分に理解しているはずだった。
調査兵を志願した以上、覚悟だって持っている。
だが実際には、そんな知識も理解も覚悟も瞬時にどこかへ飛んでいってしまった。
知識で、言葉で、イメージで知っている7m級と、今目の前で自分に向かって手を伸ばして食おうとする巨人との圧倒的な差。
それはもう、体験してみないとわからない未知の戦慄。