第27章 翔ぶ
もうエルヴィンの表情筋はゆるんでいるし、団長室の空気もピリピリしていない。
緊張の連続だったマヤはホッとして余裕が生まれると、すぐさまエルヴィンに抗議した。
「団長…。からかうだなんて、ひどいですよ? 私はいたって真剣に謝罪と報告に来たのに…」
「あはは、悪かったね。そもそも今まで、私やミケ、リヴァイの前で “レイさん” と呼んでいたのに、急にかしこまって “レイモンド卿” と呼び始めたからおかしくてな…」
エルヴィンはさも愉快そうに、くっくと笑った。
「おかしくて… というようなお顔に見えませんでしたよ?」
「あぁ、そうだろうね。なにしろ必死でこらえていたから。なぜ今日はあらたまってレイモンド卿と?」
「それは…」
マヤは顔と気持ちを引きしめた。
「プロポーズに関する報告を上げなかったことへの反省もありまして…。きちんと線引きをしなくてはと…」
「そうか、そうだね。いや、からかってすまなかった」
ミケは会話には加わらなかったが、おだやかに笑みを浮かべて立っている。団長室はなごやかな雰囲気に包まれた。
「ところで団長。前の報告のときに薄々気づいていたとは、どういうことでしょうか?」
「憶えているかな? あのとき私は君に “付言しておくことはないか” と最後に訊いた。そして君は “ない” と返答したが、そのときのわずかな息遣い、目に浮かんだ迷いの色、声の揺らぎ…。何かを隠しているのは一目瞭然だった」
自身のすべてを丸裸にされているように感じるエルヴィンの洞察力に、マヤは感服すると同時にあらたな疑問が浮かぶ。
「そうですか…。確かに私は報告すべきかどうか迷いました。私だけではなくレイさんのプライバシーにも関わってくる問題だと…。ですがその判断は間違いでした。申し訳ありません」
また深々と頭を下げてから、つづけた。
「団長、どうして私が報告しなかった何かがあるとお気づきになったのに追求されなかったのですか? あるいは隠し事… いえ嘘をついた私を叱責されなかったのですか?」