第26章 翡翠の誘惑
深々と頭を下げて謝罪してから、マヤはつづけた。
「耳飾りは見つかったのですが…」
マヤは白猫が消えた薔薇園の奥深くの方に顔を向けた。
その悲しそうな表情に気づいたレイは不思議に思った。
「見つかったならいいじゃねぇか。一体何が問題なんだ?」
「それが…、猫ちゃんが咥えてどこかに行ってしまったんです…」
そう答えてレイを見上げた顔は、今にも泣き出しそうだった。
「……猫ちゃん?」
「はい、この薔薇園のずっと向こうに行ってしまって…。あの、一生かけてでも弁償します! きっと一生かかっても弁償しきれないくらい高価なものだとは思うけど…、でも…!」
「そんなこと気にす…」
「あぁぁっ!」
レイが “そんなこと気にするんじゃねぇ” と言おうとしたら、マヤが大きな声を上げた。
「レイさん! あの子です!」
マヤが指さす薔薇園の奥深くのあたりに、再び白猫がその姿を現した。
「今度こそ捕まえますから…!」
マヤは手すりを乗り越えようと両手をかけた。
「あっはっは!」
とにかく猫を捕まえて、なんとか耳飾りを取り返そうと必死なマヤは、突然笑い出したレイに怪訝そうな視線を送る。
「……何がおかしいんですか。早く捕まえないと、またどこかに行っちゃう…!」
「まぁ、待てよ…。とりあえず手すりを乗り越えるのはよせ」
マヤが素直に言うことを聞いて、かけていた両手を手すりから離したのを見てからレイは。
「あれはオレの猫だ」
「えっ? レイさんの猫…?」
「あぁ、そうだ。待ってろ、今呼ぶから」
……呼ぶ? そんなワンちゃんみたいなことができるの…?
犬は飼い主が呼んだらまっしぐらのイメージがあるが、猫は気まぐれで、呼んだところで素直に来るとは到底思えない。
マヤが首をかしげていると。
「アレキサンドラ!」
レイが呼んだ途端に、遠くの方でうろうろしていた猫の動きがぴたりと止まった。
「オレはここだ。来いよ!」
レイの姿を確認しているのだろうか、じっとこちらを見つめていたかと思ったら次の瞬間には、アレキサンドラと呼ばれた猫は一目散に駆けてきた。
まさに “猫まっしぐら” とはこのことである。