第26章 翡翠の誘惑
「……猫ちゃん、お願い。じっとしててね」
なんとか捕まえようと、猫なで声を出してしまう。
「いい子ね、いい子。もう少しだけ、じっとして…」
そろりそろりと近づいて、もう手を伸ばせば捕まえられる距離まで来たとき。
「……ミャオ!」
猫はまた、ひらりと跳んで逃げてしまった。
「あっ…!」
白い大理石の手すりから猫が飛び下りた先を目で追いかけたマヤは、その白銀の世界に思わずハッと息をのんだ。
そこは見渡す限り香り高き花が咲いている薔薇園だった。それもすべて白い薔薇。一輪の例外もなく、白い薔薇。
花の大きさだったり花びらの数だったり、樹の高さに葉の形…、千差万別であるので品種は多岐にわたっているに違いないのだが、そのすべてが白薔薇なのだ。
白い薔薇が白い月の光を受けて、闇夜にぼうっと白くその姿を浮かび上がらせている。
今が夜であることを忘れてしまうほどに白く輝く薔薇園がまぶしくて、マヤは目を細めた。
「猫ちゃん、戻ってきて!」
薔薇園の白に目を奪われていたマヤだったが、すぐに猫のことを思い出した。
白い薔薇のあいだを自由自在に行き来する白い猫。
「お願い、戻ってきて…!」
マヤの切なる叫びなど全く気にも留めていない猫は、アクアマリンの耳飾りを咥えたまま、ひらりひらりと薔薇のあいだを跳びまわり、少しずつ遠くへ行ってしまう。
「こうなったら手すりを乗り越えていくしかないわ!」
幸いここは一階で、手すりによじ登って飛び下りても怪我をすることはなさそうだ。
ただ問題は、今はドレスを着ていること。
兵服であればなんの問題もない高さでも、ドレスだと手すりによじ登るのも一苦労しそうだ。
だが、そうも言ってはいられない。
……誰も見ていないんだし、かまわないよね?
マヤは手すりに両手をかけ飛び乗ると、ドレスの長いスカートの裾がめくれ上がるのも気にせず手すりに足をかけようとした… そのとき。
「……サービス精神旺盛だな」
「ひゃっ!」
急に背後から声がして、マヤは驚いて上半身を乗せていた手すりから落ちてしまった。
振り返ると、レイがニヤニヤして立っている。
「レイさん…!」
「見えてるぜ?」
手すりから落ちて尻もちをついたマヤのスカートの裾がはだけていた。