第26章 翡翠の誘惑
「ペトラ、もう大丈夫なの?」
おしぼりで生き返ったと叫んだペトラの肌は、ツヤツヤとしている。
「まだちょっとしんどい気もするけど、大丈夫みたい」
「お手洗いに行かなくてもいいの?」
そもそも吐きそうな雰囲気のペトラを、便所に連れていこうとしていたのだ。
マヤの質問に胸のあたりを右手で押さえながら、
「うん…、気持ち悪くはない。……なんかレイさんの腕の中にいたら治っちゃったみたい」
と言って悪戯っぽく笑ったペトラを、マヤは愛おしく思った。
「もうペトラったら調子がいいんだから! でも良かったわ、治ったんだったら」
「うん、ありがとう。きっとあれだね、オルオとなんか踊ったから悪酔いしたのよ。ちょっと踊れるようになった途端にオルオのやつ、くるくるくるくる私をまわすんだもん。急に気持ち悪くなっちゃってどうしようかと思ったけど、レイさんにお、お、おひ…」
ペトラは頬を赤らめてしまって、なかなか次の言葉を言うことができない。
すかさずマヤが代わりに叫ぶ。
「レイさんに、お姫様抱っこしてもらって治っちゃったね!」
「うわっ、そんなにはっきりと言わないでよ!」
「はっきりも何も事実でしょ!」
「そうなんだけどさ…。結構口にするのは恥ずかしいね。だからもうこの話は終わり!」
ペトラはますます赤くなった顔を両手で覆った。
「なに照れてるの、ペトラ。私は忘れてないわよ、壁外調査のときに私が兵長にお姫様抱っこしてもらったって、何回もペトラが言ったこと! すごく恥ずかしかったんだから」
少々意地悪い笑みを浮かべるマヤ。
「ごめんって! このとおり!」
顔を覆っていた両手を今度は合わせて謝るペトラ。
「もう、仕方ないなぁ…。はい、お水」
マヤは水の入ったグラスを手渡した。
ごくごくと素直に水を飲んだペトラは、空になったグラスをマヤに返しながら大きなあくびをした。
「ふわぁ…。なんか眠くなってきた…」
「ペトラは酔うとすぐ寝ちゃうもんね」
「……酔ってないよ。酔ってないけど、ちょっと眠いだけ…。ねぇマヤ…」
「なぁに?」
「……レイさんね、すっごくいい匂いだった…」
「え?」
その言葉に驚いてペトラの顔を見ればもう、すぅすぅと眠ってしまっていた。