第26章 翡翠の誘惑
バルネフェルト公爵が機嫌よくマヤに酒を贈ると笑顔を見せたのちにパンパンと手を叩くと、飛ぶようにして給仕がやってきた。
「シャトーブリアンとホロホロ鳥の丸焼き、ドンフロンテの林檎酒を。あとは…」
ちらりと自身とリヴァイの空に近いグラスを一瞥してからつけ加えた。
「コニャックとバーボンをたのむ」
「かしこまりました」
そういういきさつでバルコニー貴賓席のクリスタルガラスのテーブルには、ステーキ肉の最高峰であるシャトーブリアン、最高級の鶏肉であるホロホロ鳥の姿焼き、そして王家と上位貴族御用達のドンフロンテの林檎酒、コニャックとバーボンが盛大に並んだ。
……あのとき、私が言いかけたことだわ。
マヤは公爵とのやり取りを思い出してから、リヴァイの顔を見上げた。
「あのとき私… “くんたま“ を言いかけました。でも兵長が王都の酒場に連れていくって言ってくれていたから…」
マヤの頬が赤く染まっていく。
「一緒に食べてくれるんですよね? くんたまもヤギミルクのチーズも…」
「あぁ、そうだ。いつか連れていってやる」
「ふふ、じゃあやっぱりあのとき公爵にお願いしなくて良かったです。初めてのくんたまは兵長と食べたいから。約束ですよ…? 絶対に連れていってくださいね?」
「あぁ、わかった。約束だ」
リヴァイの頬も心なしか赤い。
おりしも楽団の奏でる “月華のワルツ” は最高潮の旋律へ。
頬を染めて視線を絡めたリヴァイとマヤは、めくるめくクライマックスに向かって握る手に力をこめた。
「マヤ…」
「兵長…」
理由もなく互いの名前をささやいて。
このまま握っている手から、抱かれている腰から、溶けてしまいそうだと感じたそのとき、絶叫が。
「兵長! 兵長~!!!」
リヴァイとマヤが声のした方を振り返ると、オルオが青ざめたペトラを支えている。
「ペトラが!」
「うぅぅ、気持ち… 悪い…」
「うわっ、吐くなよ!?」
少し酒に酔っていたペトラが、踊ったことで目をまわしたらしい。
「マヤ」
リヴァイは名前を呼んだだけなのに、マヤはすぐに意味がわかった。
「了解です。ペトラ、大丈夫? 歩ける?」
マヤはオルオからペトラを譲り受けると、便所に向かった。