第26章 翡翠の誘惑
「しかしせっかくの計画が、親父さんのせいで水の泡だもんな」
直接にレイからマヤに惚れたと聞かされた訳ではないのだが、竹馬の友であるアトラスにはレイの心の動きなどお見通しだ。
グロブナー伯爵邸に乗りこんだ俺とさえない給仕に変装したレイ。すべては伯爵のミスリル銀贋物疑惑を糾すため。
そこで出会ったマヤたち調査兵団の連中。
無論、団長と兵士長は何度か夜会で顔を合わせたことはあるのだが、部下だという三人は初めて見る顔ぶれだった。
……俺としてはマヤよりペトラの方がグッと来たんだがな…。
おっと、それではカインと同じ趣味になっちまう!
だがな、あんな嫌な目に遭ったってぇのに、健気にまた舞踏会にやってきて…。
アトラスがバルコニー貴賓席を見上げると、ペトラが笑っている。
……強くていい娘だ。やっぱり兵士と貴族の女とは違うんだろうな。
アトラスがペトラの横顔を見つめていると、レイの不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「計画? 人聞きの悪ぃこと言うなよ」
「だってお前、あの事件のあとさぁ… 普段他人のことなどお構いなしのくせに調査兵団ご一行様を屋敷に泊めたと思ったら、いそいそと舞踏会の準備を始めたじゃねぇかよ。それも全部マヤともう一回逢うためなんだろ?」
「は? 違ぇよ。約束したからな」
「約束? 誰と」
「ペトラとマヤだよ。あいつら初めて来た王都で、初めて出た舞踏会だってぇのにひどい目に遭ったからな。オレが本物の舞踏会に招待して楽しい思い出を作ってやるって」
「へぇ…、そうかよ」
……だ~か~ら、お前は今まで他のやつらが嫌な目に遭おうが、思い出がどんなものになろうがどうでもよかっただろう!?
アトラスはそう言い返したかったが、とりあえずは黙った。