ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第26章 迷子の唇
するとアッシュの舌が一瞬迷ったような動きを見せた。
そして、それがぬるりと私の上顎を滑ると、
『!っん、ぁ…』
ビクッと、体が震えた。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
離れていく唇同士を唾液の糸が結ぶ。
それをあえて切るように、アッシュの親指が私の唇を拭った。
『っ…』
「………」
まだ頭がぼんやりとする。
目を見つめると、罰の悪そうな顔をしたアッシュは一言「悪かった」とポツリと呟いて運転席へ戻りエンジンをかけた。
『………』
悪かったって、なんで?
動き出した車は次第にスピードを上げる。
チラリとアッシュを見ると、彼は髪をかきあげていつも通りの表情をしていた。
『………』
本当に、夢を見ていたのかと思うくらいにいつも通り。
でも先程まで触れていた唇はまだ濡れていて、あれは夢なんかじゃなかったと主張してくる。
窓の外を眺めながら唇を噛んだ。
分かってた、
ずっとわかってたことじゃないか
…私たちが正気でキスを交わすなんてありえないことだと。
ここまでの銃撃戦で、ショーターのことで…私たちはきっと殺気立っていた。気が立った興奮状態の獣のように、それをぶつけ合い、傷を舐め合った…ただそれだけなんだ。
わかってる、わかってるから謝らないでよ。
私だけを置いていかないでよ。
『………』
私だってこんなのなんでもないって顔するから、今のキスなんて特別でもなんでもないただの1回なんだって…頑張って、そう思うから。
胸のドキドキがまだ収まらなくても、込み上げた想いがそれは嘘だと私を否定しても、アッシュのことをなんとも思ってない振りをするから。
だから、お願い…
これ以上離れていかないで。