ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第19章 Cape Cod
少し離れたところからヒューゴが私に大きく手を振った。それに手を振り返しながら、心はザワザワとさざめいていた。
レイラさんはヒューゴの恋人だ。
私たちは付き合っていないと伝えた時の「じゃあ私にもチャンスがあるかしら」なんてただの彼女の冗談なのに…。どうして私の気持ちはこんなに沈んでしまうんだろう。
この気持ちはよく知ってる…嫉妬だ。付き合ってもいないのに嫉妬するなんて、私はどうかしてると思う。でも、それも仕方ないと思えるほどにレイラさんは綺麗だ。
ロボさんにはああ言っていたけど、アッシュもきっといつかはこういう女性に惹かれるんだろう…。いつまで経っても子供みたいな私なんかじゃなく、大人っぽくてセクシーで、美しい女性に。
2人を見送ったアッシュが私の元に戻ってくる。
「さて…戻るか」
『あ……うん』
「ん?…お前どうかした?」
『っ…ううん!なんでもない』
なんとか笑顔を作り歩き出す。
『…そうだ、今ヒューゴたちと何を話してたの?』
「あー…いや…大した話はしてねえよ。それより、お前聞こえた?あいつアロイスなんて呼ばれててさ、なんか似合わねーの」
『へえ…ヒューゴのミドルネームか、昔聞いたことあったっけ?』
「さあ?記憶にはないけど…。大体、呼んでなきゃ忘れるだろ、他人のミドルネームなんて」
『……そうかな?』
「そうだろ」
『………』
実はそんなこともなくて、1度も呼んだことのない名前を私は覚えていた。
アッシュの、大切な名前を。
プップー
小気味いいリズムでクラクションが鳴らされる。ハッと顔を上げると道路の向こうでロボさんが窓を開けて手を振っていた。
私が右手を上げて応えた時、隣からユウコ、と呼ばれた。
『ん?』
「…その、さっきはありがとな」
『なに?』
「ヒューゴのこと。…今日会っといて良かったと思ってさ」
『……ううん。私もふたりで会いに行けて良かった、ありがとう』
ここを渡れば帰郷へのカウントダウンが始まる。
もう二度と戻らないと決めて出てきたケープ・コッド。自ら捨てた家族は…“パパ”や“ママ”は、今どうしているのだろうか。
今更逃げられない、
アッシュも私も…。
揺れる心は、長い道のりの間に整理しよう。きっと10時間ちょっとじゃどうにもならないだろうけど。