ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第17章 ハードな朝
《アッシュside》
「…俺は、ディノ・ゴルツィネを殺る」
突然出した名前にピクッと肩を揺らしたユウコは、俺の考える事の方向性を一瞬で理解したらしい。
『……どう、やって?簡単じゃないよ』
「ああ…そんなのは百も承知だ。今、李王龍に魚市場に出入りできるトレーラーを用意してもらってる」
「魚市場?魚市場にゴルツィネが来るの?」
「魚市場に来るわけじゃない、魚市場のそばにある店に来るんだ」
「…店?」
「“クラブ・コッド”っていう魚料理の店さ」
この固有名詞を出すだけで胃がムカムカとした。
掌に滲む汗をグッと握り、頭によぎるあの嫌な思い出をなんとか隅にやる。どんなに何ともない振りを続けても、俺は今でも十分あの頃に縛られ苦しめられている。
冷静になれ、と脳が命令していた。
「サカナリョーリ?なんだあ?ディノ・ゴルツィネがわざわざ魚を食いに来るのか?」
「…食わせるのは魚だけじゃない、別な生きものも売るんだ。“人間”をな」
「人間……」
エイジは眉を寄せた。
「ふん…読めてきたぜ」
「そこはディノの経営する店だ。ヤツの趣味と実益をかねた秘密クラブなのさ」
『……』
「表向きは会員制レストランだが、やってることは売春宿。商品はおもに子どもーーつまり、少年売春ってヤツ。上客はたいてい社会的地位のある連中ばかりだ、だから当然秘密厳守さ…とんだスキャンダルだからな。同時にヤツは連中の弱味をにぎれることになる…」
「…ちっ、ヘドが出るぜ」
「ヤツが俺たちのような街のガキどもを下っぱに使うのはそのためだ…つまり商品の供給源として、フラフラしてるガキどもの中からかわいいのをつかまえてあそこへ連れてっちゃあ上客に売りつけんのさ」
「…っ」
「子どもは逃げられないように麻薬づけにされちまうからせいぜい2、3年しか生きられない…つまりそれだけ秘密が守られるってわけ」
「ひどい話…」
「で?ヤツがそこへやって来るのか?」
「そうだ、決まって月の15日
…つまり今度の木曜日だ」
『……っ…じゅ…うご、にち…』
あぁ…
こいつも俺と同じく、
あの時に縛られ続けてる。