ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第14章 消えない傷
「………そのあとは、ベイリーのリードを掴んで走って公園を出た。道連れになんて出来ないから1度帰ってベイリーを置いて、家族には何も告げずに俺は死ぬつもりで家を出た…まぁ、死ぬ前にパパが俺を見つけてくれちゃったわけなんだけどね
……って、なんでお前が泣くの?」
クリスの話は壮絶だった。
『…ぅ…っ…』
気が付いたら私からは嗚咽が漏れ続けていた。
淡々と感情を隠すように話していた彼の、本当の感情が全て私に流れ込んで来たかのようだった。
「…俺の気持ちなんて、お前には分からないだろ」
『…っ』
「お前には…自分の性別の違和感も、人を好きになる罪悪感なんかもないんだろうからさ」
クリスの言う通りだ。
私はそんなことを考えたことなんて1度もなかった。アスランを好きで苦しくなった時も、それは私の問題であって誰かに咎められた訳ではない。ケープコッドの両親の愛は偽物だったけど、傍にはいつもアスランがいてくれた。
確かにクリスが感じてきた苦悩の全てを正確に理解することなんて出来ないのかもしれない。でも、それを想像することや理解しようと歩み寄ることは出来る。
私たちは恋人ではないけど、間違いなくアスランは私の全てだ。
きっとクリスにとってのダリウスは、
…私にとってのアスラン。
その瞬間、クリスが女の人をここまで憎む理由がよく分かったような気がした。
同じような状況でアスランと離れ離れになるようなことがあれば、きっと私もクリスと同じように女の人を憎んでしまうだろう。
「アッシュは、ダリウスと少し似てるんだ」
『……え?』
「すごく優しいところ、自分を責めようとするとそんなことないって正してくれるところ」
『…うん』
わかるよ、アスランのそういうところ…私も好き。
「似てるんだけど、ダリウスは…優しくてすごく弱かった。だからあんなクソみたいな女のことも家族のことも捨てることが出来なかったんだと思う…こうなったのは自分のせいだって全部の責任を取ろうとしてさ…」
『……』
「それに比べてアッシュは、すごく優しくて…それでいてとても強いよね。頭も良くて、会話してても考えてることの欠片も見せてくれやしない…俺が甘い言葉で誘っても流されてくれることもない…」
アスランのことを話すクリスの頬は、ほんのり紅く染まっていた。