ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第14章 消えない傷
《クリスside》
その時「ダリウス~!」と遠くから女の声がした。
顔を上げなくても分かる。
あの女だ。
段々と近付いてくるその足音に、心臓がバクバクと暴れ出す。
許せない、
許せない許せない、許せない…っ!
ギリギリと歯が合わさる。
この女がダリウスを誘惑しなければ…っ!
この女さえいなければ!
ーーキミが女の子だったら
突如先程のダリウスの言葉がリフレインする。
俺が……女の子だったら、こんなことにはなっていなかった…
俺が女の子だったら、家族や友達からあんな目を向けられることもなかった…
俺が女の子だったら……
大好きな恋人と幸せな未来を歩けた
「………………っ」
痛い、いたいよ…
心が……痛い、
神様……俺が何をしたのですか
俺が一体何をしたというのですか
俺はどうして“普通”に生まれてこれなかったのですか
「ちょっと…ダリウス、あなたの弟…」
「……クリス…!」
ダリウスの手が俺の肩に触れる。
「…っ」
俺は体を捻りダリウスの胸ぐらをくしゃっと掴んだ。
「クリ……ッん」
「……っ…」
「ちょ、…ちょっと?」
グイっと引き寄せて唇を重ね、深く舌を絡めた。
ゆっくりと離れると、銀色の糸が俺たちを繋ぐ。
驚いた声をあげる女を無視して俺はダリウスの首に腕を回した。
こんなに近くで見つめ合っているのに、なんで…ダリウスの目がハッキリ見えない。この優しいグレーを焼き付けたいのに…俺の涙が邪魔をする。
「……クリ」
「っじゃあな…ダリウス…」
「ク…クリス?」
「お、おれのこと…一生忘れるんじゃねえぞ…っ」
俺は一生懸命男らしい言葉を使った。
まるで芝居をするように。
「…ッおれは、おまえのことなんか…絶対すぐに、忘れてやる…!」
「……っク…リス」
ダリウスの腕が俺の背中にまわる瞬間、俺はダリウスの胸をグッと手のひらで押し返した。そして勢いよくベンチから立ち上がる。
女が視界の端で動く。
…憎い、憎い…女が憎い…っ!
お前は愛されてなんかいない。
女に生まれた、だからダリウスに抱いてもらえた…ただそれだけなんだ!
ただそれだけなのに勝ち誇ったような顔をして…俺を侮辱するなよ!
おぞましい…
女の体を使って男を騙す、
…メスは悪魔だ。