【ONE PIECE】トラファルガー・ローに愛されて。
第1章 淡い。
「―――――ッ!?」
パシッと右手を強く握られて、声のする方を見上げると、女がいた。
いや、女というよりは少女…、俺よりも年は若そうに見える。
男を片手だけで持ち上げているというのに、クス…ッと、余裕の笑みをしていた。
「……あァ?」
よく見ると、俺の手を掴んでいるのは彼女の手ではなかった。
崖下に広がっている漆黒のような色をした、体温をまったく感じない手が、彼女の影から伸びていた。
両手を後ろに組んだ彼女は、ふふ、と柔らかくもイタズラに笑っている。
(なんだ…能力者か?)
『助けて欲しい?』
「………っ」
『落っことしてもいいんですよ??』
あなたが死のうと生きようと、私には関係ないもの。
俺の命を手の平で弄んで、目を細めて楽しそうに微笑む。
黒い手が掴んでいるのは右手だけで、俺の体重すべてが右腕にかかって今にも脱臼しそうだ。
雨の粒が顔に降りかかり、瞼があまり開けられない。
ギロッと彼女を睨みつけると、笑みがスッと消えた。
『海賊の、妙なプライドか…』
「はぁ…っ、はぁ…!!」
『決して助けは求めない気なのね、…バカみたい。助けろ、助けてくれ、そう怒鳴ればいいじゃない』
「言ったところで…、はぁ…っ、助けねぇくせに…」
彼女は口を閉じたまま、パッと驚いたように大きく瞳を見開く。
が、それもすぐに元に戻り、再び子供のように無邪気な微笑みをしていた。
Reidea(リーデア)。
彼女がそう呟いて指を鳴らすと、影は俺の胴体に巻きついて上に引き上げた。
右腕を押さえ、地面にうつ伏せになって倒れた視界の隅に、崖に落ちていったはずの自分の刀を見つける。
未だに正常に戻らない呼吸の中、は…っ、と一度息を吐き出した。
『可笑しな人。海賊は皆オカシいけど』
「はぁ…、はぁ…ァ」
『あなたは、出会った中で一番変人だわ』
降りしきる雨の中、ずっと彷徨い歩いていたせいか、それとも、生死の狭間を行き来していたせいか。
冷え切った身体とは裏腹に、頭は熱く、ぼんやりとしていた。
『ん…? ちょっと…!!』
「あ゛…っ?」
睡魔にも似た感覚が襲ってきて、俺は雨音を聞きながら意識を手放した。
―オカシいのは、私よね―