第8章 月夜のティラミス
「松田さんだって、萩原さん以外によく遊ぶ友達いないクセに~。」
意趣返しのつもりか、憎まれ口をたたく杏奈の顔面を鷲掴みにしてやろうと、手を伸ばした松田だが、彼女はそれを予測して、ひらりと伸ばされた彼の手を交わした。
にへらと得意げな笑みを見せた杏奈は、不満そうに自分を見下ろす松田に言う。
「松田さんも、本を選んだならすぐに席に着いたほうがいいですよー。この時間、学生たちで地味に混むのでー。」
夏休みであるこの期間中に何度かこの場所に足を運んでいる杏奈は、松田にそう忠告すると、資料を手に座っていた席に戻った。
さてと。殺害方法も決まったし、トリック考えないとー。
机に向き合って手元に確保していた他の資料をあさりだしたところで、杏奈の向かい側の椅子が引かれる。
つられるように顔を上げた杏奈の目の前に座ったのは、先ほどまで話していた松田で。てっきり別れたと思っていた杏奈は、思わずぽけっと彼を見てしまう。
他に空いている席がなかったのかと、周囲を見回してみるが、ぽつぽつと他にも空いた席はあった。わざわざ杏奈の目の前の席に座る必要はない。
……まぁ、いっか。
松田に理由を訊こうにも、彼は既に手元の本に集中していて、声をかけづらい。
暫しひとりで考えてみたが、理由がなんであれ追い返す理由もないと、杏奈も自分の手元にある資料に意識を集中させていった。
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物語の世界に没入して、一体どれくらいの時間が経っただろう。
ふと松田は集中力が切れはじめているのを感じ、手元から顔をあげた。
手元の腕時計をみると、松田が本を読みはじめてから、五時間近い時間が経過している。周囲を確認すれば、ピークの時間を過ぎたのか、すこし人の数が減っていた随分と集中していたようだ。
ミステリー中毒者である杏奈が薦めただけあり、ほとんど無名にもちかい作家の作品だというのに、飽きることなく文字を追ってしまった。
松田が顔を上げると、目の前に座る杏奈は相変わらず手元の資料に視線を落としている。何度か席をたったのか、最初に積まれていたのとは違う資料の姿もみられた。