第8章 月夜のティラミス
暦は8月に入り、学生を中心に夏休みに入った世間は、連日多くの人で賑わい、どこか浮かれたような、浮き足立った雰囲気に包まれている。
しかし日本の治安を守る、警察官はそうもいかない。
夏真っ盛りで浮かれた人間が街に溢れるため、今まで以上に警戒し、仕事に勤しまなければならない。気の抜けない日々が続いている。
今日も今日とて、訓練に身を投じる松田と萩原は、昼食の時間になって漸く、一息つくことができた。
昼休みが終われば、また直ぐに仕事に戻らなくてはならない。一時の休息だ。
昼食を食べ終わり、食後のコーヒーを飲んでいる松田の横で、萩原は持参したマイボトルを傾けている。
「珍しいな。お前がそんなもん持ってくるの。」
普段マイボトルなど持ち歩かない萩原の手元を見て、松田が言う。
心なしかどこか嬉しそうな、浮かれた様子も気になった。
松田の言葉に、萩原はよくぞ聞いてくれましたと、ニッコリと笑みを浮かべる。
「実はこの間、杏奈ちゃんとデートに行ってね。別れ際、杏奈ちゃんからお茶をプレゼントしてもらったんだ。」
せっかくだから入れてきたと、マイボトルを振る萩原。
嬉しそうにニッコリと頬を緩める萩原に、彼が上機嫌である理由を理解した松田は、特に驚く様子もなく、そうかよと呆れた表情を浮かべる。
松田は先日モリエールを訪れたときに、杏奈から萩原とデートしたことを、世間話として聞いていたのだ。
詳しい内容はあまり覚えていないが、萩原と横浜で楽しい時間を過ごしたと楽しそうに話していたことだけは、覚えている。
初めてモリエールを訪れ、杏奈と対面した際も、萩原は初対面の彼女をデートに誘っていたのだ。自分がいないときに来店して、働いていた杏奈をデートに誘い、彼女がオーケーを出したことは、話を聞かずとも直ぐに理解することができた。
しかし、マジでデートするとはな。相変わらず、その辺はしっかりしてんだよな、萩原って。
松田が杏奈の話を聞いて抱いた感想は、その程度のことだった。