第7章 あまーいバニラの香りを添えて
「松田さんも萩原さんも、お仕事で疲れているようなので。少しでもお家でリラックスできればなぁと。」
へらりと微笑む杏奈に、萩原も微笑み返す。
「ありがとう。大事に飲むよ。」
思ってもみなかったプレゼントのお返しに、萩原は嬉しそうに柔和な笑みを浮かべて、杏奈をみる。
彼女は喜んでくれたことに安堵して、照れ臭そうに笑い返した。
「それでは。おやすみなさい、萩原さん。」
「うん。今日はありがとうね。おやすみ、杏奈ちゃん。」
二人はそれぞれの手にプレゼントを持ち、別れの挨拶をする。
自分が家に入るまで帰りそうにない萩原に、杏奈はすぐに玄関の扉のなかへ身を滑り込ませ、自室の窓から道路を見下ろした。
すると、杏奈の部屋に明かりが灯るのを確認していた萩原と、ちょうど視線があう。
ひらりと手を振る萩原に、杏奈が手を振り返すと、彼の車はゆっくりと走り出し、やがて見えなくなった。
萩原の車を見送った杏奈は、窓から離れてテーブルの前に腰を下ろす。テーブルの上には、彼からプレゼントされた紅茶の入った袋がちょこんと乗っていて。
袋から取り出して、我慢できずに僅かに缶をひらくと、紅茶の香りとふんわりとした甘い香りが鼻をついた。
杏奈が気になっていたのは、有名な紅茶メーカーが販売している、夜空に浮かぶ神秘的な満月をイメージしたフレーバーティー。
口当たりがよく優しい味わいの紅茶に、凛として香ばしいウーロン茶をブレンドし、さらにバニラビーンズを贅沢に刻み入れたそれは、うっとりするような甘い香りがする。
今日の萩原とのデートのひと時のような甘い香りに、自然と杏奈の頬が緩んだ。
「ふへへ〜。明日、飲んじゃおー。」
今日の楽しかった思い出に浸りながら飲む、甘い香りの紅茶は、きっと今日のように幸せな味がするに違いない。
明日はゆっくり、少し贅沢なティータイムを過ごそうと決めて、杏奈は甘い香りを、缶に閉じ込めた。
ーー あまーいバニラの香りを添えて ーー
▽ 蛇足
萩原さんと夢主ちゃんが訪れた場所やお店は、実際に横浜に実在します。
ほかにも横浜近辺には、文豪所縁の場所が多く存在します。
綺麗なカフェも映画館や遊園地などもあるので、横浜は一日中たのしめる。