第7章 あまーいバニラの香りを添えて
杏奈ならば絶対に気付いて、そして楽しんでくれるだろうと考えて、萩原は初デートの場所に横浜を選んだのだ。
「楽しんでいただけましたかな、姫?」
信号待ちで手を離したハンドルに凭れかかって、萩原はとなりに座る杏奈の顔を、覗きこむように窺う。
そんな萩原に、杏奈はニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「はい!大満足の素敵なデートでした!」
夜の横浜の光を浴びて、キラキラと輝く笑顔を見せる杏奈に、萩原も同じように笑った。
萩原さんがモテる理由がわかった気がしますーと、うんうんと納得したように頷く杏奈に、俺ってばモテちゃうからねぇと、萩原は悪ノリする。
お互いに声をあげて笑いあって、二人は今日のデートを振り返りながら、文豪の所縁の地の話や、最後はやっぱり小説の話をした。
会話を弾ませていると、あっという間に見覚えのある道にでる。
朝、待ち合わせをした場所ーー杏奈の自宅の前に車を停めると、萩原は今日一日そうしていたように、助手席のドアを開けてくれて。杏奈は差し伸べられた彼の手を取って、車内から出た。
「今日は一日ありがとうございましたぁ。本当に楽しかったです!」
へらりと充足感のある笑みを浮かべる杏奈に、俺こそ楽しかったよ、デートしてくれてありがとうと、萩原も同じくいい笑顔を浮かべる。
あまり家の前で長居するわけにもいかない。特に杏奈は先日、バイト終わりに松田に家まで送ってもらったのを兄に見られ、散々からかわれた苦い記憶がある。
早いところ別れを切り出さなくてはと考える杏奈に、はいっと萩原は小さな紙袋を差し出した。
「今日のデートのお礼に、杏奈ちゃんにプレゼント。」
自分へのプレゼントだと差し出されたものを、受け取らないわけにもいかず、杏奈はおずおずとそれを受けとる。
そして紙袋の中を見て、驚きに目を見開いた。彼女の様子を見て、萩原は満足そうににっこりと微笑む。