第7章 あまーいバニラの香りを添えて
出店や飲食店だけでなく、雑貨やアクセサリーを取り扱うお店も、多く立ち並ぶ通りを、二人は連れ添って歩く。
買い物は昼食のあとにすると決めて、お店に目星だけつけて、萩原が予約を入れてくれた店へと向かった。
「……え?ここですか?」
萩原が予約を入れてくれた店を見上げ、杏奈は零す。
驚愕と戸惑いの入り混じる表情をする彼女に、萩原はニコリとどこか意地の悪い、いたずらに成功した子供のような表情を浮かべると、行こうかと杏奈の腕を優しくひいてエスコートした。
あらかじめ予約していたため、直ぐに席に通される。
中華店らしい絢爛豪華な内装に萎縮しつつ、杏奈は萩原に勧められるまま、食べたいものを頼んだ。
料理が運ばれてくるのを待つあいだ、杏奈は恐る恐る口を開く。
「好きなもの頼んだあとに言うのもなんですけど……本当によかったんですか?だって"聘珍樓(ヘイチンロウ)"って……。」
萩原がディナーの予約をしてくれていたお店ーー聘珍樓。
現存する日本最古の中国料理店であり、政治家から実業家まで、数多くの顧客が足しげく通う老舗だ。
昼間の時間帯はランチメニューがあり、比較的安価でおいしい料理を食べることができる。しかしディナータイムはそうではない。ふつうの高校生の身分である杏奈には、敷居が高い。
更にはデートだからとここに来るまでも、殆ど支払いをしている萩原は、当然ここでも杏奈にお金を出させるつもりはない。
それを杏奈もわかっているから、余計に萎縮してしまう。
あまり値段の心配をしすぎても、萩原のプライドを傷つけてしまうかもと、途中で言葉を濁してもごもごと口ごもる杏奈。
しかし萩原は彼女の言いたいことがわかった。そもそも、萎縮させてしまうだろうなと理解していながら、それでもここに連れてきていた。
「どうしてもこのお店の料理を、杏奈ちゃんに食べさせてあげたかったんだ。だから杏奈ちゃんには悪いんだけど、俺のワガママに付き合ってよ。」
萩原はわずかに眉を下げて微笑む。そんな顔をされて、そんなことを言われたら、断ることなどできやしない。