第7章 あまーいバニラの香りを添えて
「初日にケンカしたのもあるけど、あの人を食ったような言動で、何かと突っかかってくるし。もう第一印象サイアクだよねぇ。」
まぁそれはお互いさまだったと思うけどと、萩原は苦虫を噛み潰したような顔で続ける。
実際にその光景をみたことは当然ないが、普段のふたりのやりとりを見ている杏奈は、萩原も同じようなことをやり返していたに違いないと、悟った。要は、同族嫌悪みたいなものだったのだろう。
「でも授業で松田と同じグループになって。これが、不思議なくらい考えかたが同じでねぇ。」
警察学校の教育プログラムのひとつーー班別討議。
五、六人でひとつの班をつくり、時事問題や教訓事例をテーマにゼミ形式で討議を行う授業のひとつだ。
ずっと気に食わないとばかり思っていた松田と、萩原は不思議なくらい意見が合った。
また松田は、自分では思いもよらなかった角度から切り込んでくることもあって、萩原は嫌っていた相手だというのに、関心してしまったのだ。
授業終了後、寮にもどる道すがら萩原から松田に声をかけ、引き続き白熱したディスカッションを繰り広げた二人は、あっという間に親しくなったわけである。
萩原の言葉に、人生ほんとうに何があるかわからないものだと、杏奈はしみじみと思った。
「まぁ今にして思えば、俺は松田の能力に嫉妬してたんだろうなぁ。」
唯我独尊で他人のことなんて気にしない堂々とした態度や、その能力の高さなど、萩原は自分にはないものを持つ松田のことを、羨ましいと思っていたのだろう。
それを認めたくなくて、突っかかってくる松田に、自分も反発していただけのこと。
あの頃は俺もまだまだ若かったからねぇと、懐旧の念に目を細めて遠くをみる萩原。しかし彼はまだ二十二歳で、世間でいうところの若者である。
それを見て、オッサン臭いなぁと思う杏奈の目の前で、だから…と彼は言葉を続けた。
「俺も杏奈ちゃんと同じ。松田の良いところをたくさん知れたから、今はいい友人だとも、背中を預けられる仲間だとも思ってるよ。」
似た者同士だからこそ、二人は今でも衝突することはままある。
それでも、打てば響くような返答をする松田は、一緒にいて非常に楽な友人で。そして心の底から信頼して背中を預けられる、掛け替えのない仲間のひとりだと、萩原は思うのだ。