第7章 あまーいバニラの香りを添えて
「デート中に他の男のひとの話をするのは、ルール違反なんじゃあないですかぁ?」
「まぁそうなんだけど。さすがにアイツのいる前で、こんな話できないでしょ?」
ジトっと批判的な視線を向ける杏奈に、萩原は毛の先ほども反省した様子もなくケロリと返す。その様子に思わず呆れてしまうが、名目上はデートだが、別にお互いに恋愛感情を抱いているわけでもない。
杏奈は、それもそうですけど…と零すと、宙をみた。
「第一印象は、あまり良くなかったかもしれませんねー。」
杏奈が思い出すのは、松田がはじめてモリエールを訪れた、あの雨の日のこと。
こちらの意見など聞きやしない傍若無人な態度。何かにつけて人を小馬鹿にしたような、人を食ったような発言。いい印象を抱くほうが難しい。
萩原にもに身に覚えがあり、アイツは警察学校で松田と出会った頃のことを思い浮かべ、昔から変わらないからなぁと苦笑する。
まぁ今はそういう病気だと思ってるので大丈夫なんですけどと、松田が聞いたら確実に怒るだろう発言をする杏奈に、ヒドイなぁと笑った。本当に松田がいる前で聞かなくてよかった。
「でも今は、素直じゃないだけで本当は優しいところとか、正義感が強いところとか、楽しそうに笑った顔が意外と可愛いところとか……他にもいろいろ知れたので。」
不器用で素直に言葉を選べないだけで、いつも杏奈のことを案じてくれている。
すぐに熱くなるのは、正義感が強いから。
普段はニヒルな人の悪い笑みばかり浮かべるが、それは童顔であることを気にしているからで、時折みせる楽しそうに笑った顔は、思ったより可愛らしい。
素直じゃない彼の表面だけに囚われず、その内側にある見えない部分を知ってしまえば、嫌いになることはできない。
それに頭なでる手も、すっごい優しいんだよねー。
いつも癖のように杏奈の頭を撫でる手は、不器用な彼のものとは思えないほど器用で、乱暴に見えて実は思った以上に優しい。
杏奈は自分の頭を撫でる、松田の手が好きだった。
「だから、松田さんのことは普通に好きですよー。」
へらりと照れ臭そうに顔を緩める杏奈に、萩原は内心あきれてしまう。